言い忘れていたが、俺は関西弁が苦手だ。
けして関西人が嫌いというわけではないのだが、ぶっきらぼうと言おうか、どうにも耳慣れないからなのか、とにかく苦手で萎縮してしまうのである。

「お前かいな、桐生ちゃんとデートする輩ってのは」

あんなにドスの利いた声が、初め俺に向けられたものだなんて露ほども思わないもんだから、無視したのは絶対に故意ではないし俺は悪くない。

「ええ度胸やのぉ。俺なんかどんだけ誘ってもフラれ続けとるっちゅうのに」

「………」

「シカトかいな、ほんまええ度胸しとるわ。おい、お前やお前!」

「…?」

青空にたなびく雲がうろこ模様であることに気づいて、もうそろそろ秋なんだなあとぼんやりしていた頭が急に覚醒した。

全く見慣れない男 −眼帯、黒手袋、素肌に羽織った派手なジャケットから覗く刺青付き− が、あからさまに俺を睨みつけている。

正直、気絶するかと思った。

頭を鈍器でがつんと殴られたような、もしくは激しい稲妻に撃ち抜かれたような、とてつもない衝撃。
抗いようのない、人類未踏の現象に遭遇した探検家とか、こんな心持ちになるんだろうか?

「…ひとちがいです」

俺には立ち向かうだけの勇気も反駁する為の論理も持ち合わせていなかったから、なんとか一言だけ呟いたけれど、早く動けと脳が必死に命令している両足の筋肉は未だ強張ったまま。

どうせ逃げたって追いつかれるんだろうな、という確信がある。

心臓を鷲掴みにされ、とか、全身が冷水を浴びせられたように、とか。
絶望感を表現する言葉は色々あるが、今の俺はただただ無力で無抵抗だった。

「何者やお前…あぁ?」

この間絡まれたチンピラなんぞ比じゃないくらいに、とびきり殺意の籠もった声を耳元で聞かされると、もう膝はがくがくして、冷や汗をかいて、どうしようもできなくなるものであると、誰か教えてくれれば良かったのに。
あの時俺は、チンピラくん達も流石に殺しはしないだろうとタカを括っていたのだ。暴力は避けられなくても死ぬことはないだろうと。
この男の場合、そんなことを考えつく余裕すら与えられない。

「あ…ぅ」

ぎょろついた目がひとつだけ、しっかり俺の顔を捉えて離さない。
なんとなくお化けみたいだな、と場違いな現実逃避をして、本当の本当に殺されるかもしれない、と脳味噌の何処かが囁いた気がした。




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