「…兄さん?」

鶴の一声、とでもいうべきか。
その声のおかげで男の意識が一瞬逸れた。

それにしても兄さんだと。弟がいるのか、こんな、猟奇殺人鬼まるだしみたいな男に。あとえらく渋い声だな。
きっとろくな奴じゃあないだろう…横目でちらりと視線を投げると、かつてのヤクザこと桐生さんが立っていた。
あの日のスーツに開襟シャツ、何故か手元にゲーセンの袋。

「桐生ちゃーん!」

ぱっ!と殺人鬼の顔がほころんだ。とっても嬉しそうだ。地獄かよここは。

「いけずやわぁ桐生ちゃん、俺と遊ばんと、こない冴えないのとデートなんて!この浮気者!」

「デートじゃない…というか、なんだ浮気者って!」

「慰謝料代わりに喧嘩しようや!ホラホラ、はよかかってこんかい!」

ヤクザと殺人鬼が漫才やってる、と思った刹那、なんとなくわかりきっていた気もするが、拳と金属バットの殴り合いが始まった。



「なんで兄さんまで着いて来るんだ?」

「監視や監視。おのれらがまかり間違って不純同性交友に発展せんようになあ」

「…兄弟なのに、あんまり、似てないんですね…」

あはは、と力無く愛想笑いする俺の前にはヤクザがふたり並んでいる。どういうことなのか?なんでこうなってしまったのか?
すっかり冷めたコーヒーを手持ち無沙汰に啜るけれど、まったく味がしなかった。

「あぁ…この人は血の繋がりがあるわけじゃないんだ」

「へぇーそうなんですね…」

大して興味のないその話題は、自分から振っておきながら世間話程度の広がりも見せないまま終了した。

「……」

「……」

「……」

他人の通夜の会場よりも更にいたたまれない空気になってしまった。もうほんとにどうしよう。

眼帯殺人鬼が壁にかけた金属バットが、店内の照明を受けて鈍い輝きを放っている。
いつあれを振りかざして俺を殺しに来るかとか、ぐるぐると最悪の展開ばかり想像してしまうのだ。相変わらずめっちゃくちゃ睨んでくるし。

いっそのこと殺人鬼はいないものと考え、桐生さんにだけ助けてもらったお礼を述べるのだ。それで全員分の代金を置いて帰ろう。
そうだそれがいい、是非そうしようじゃないか。

「あの桐生さ、」

「桐生ちゃん、それなんや?」

ばか!殺人鬼ばか!空気読めよ!!!




戻る

トップ