今僕が自殺するのは一生に一度の我儘 かも知れない。
僕もあらゆる青年のやうにいろいろの夢を見たことがあつた。
けれども今になつて見ると、畢竟気違ひの子だつたのであらう。
僕は現在は僕自身には勿論、あらゆるものに嫌悪を感じてゐる。
ノートから破り取ったページに殴り書きされた文字は、この上なく汚い。
なんてとってつけたような、薄っぺらい内容の遺書だろうか。
かの芥川龍之介が記したそれの一節をまるごとパクっただけだが、どうしてわざわざこんなものを書きおこしたのかというと、有名だからだ。
これは遺書であると、ひとめ見てわかってもらう方が都合がいい。
この最期の一服が終われば、翌朝俺はドブ臭え蒼天堀に浮いていることだろう。
バブルの熱狂渦巻くこの日本で、繁栄の影に隠れ俺のようにどん底まで落ちた人間は少なくない。
巌橋の欄干にもたれ、通り過ぎていく人々を見つめる。
誰も彼も、みんな豪奢に着飾り闊歩する様は、我が世の春とでも言わんばかりだ。
微塵も羨ましいとは思えないが、彼らは間違いなく幸せなのだろう。
紙切れに短くなった煙草を押しつけ、それを重し代わりにする。風が吹けば飛んでいきそうなくらい役に立たないが、別にいい。
「なんや兄ちゃん、えらくシケたツラしとるやないの」
人混みの中からひときわ人相の悪い派手な男が近づいてきた。
吸い殻の散らばる紙切れを取り上げて、胸糞悪そうに読み始める。
「きったない字やのぉ〜!読めたもんやないわ」
そのまま躊躇いもせず、ドブ川に投げ捨てた。
「……………あ、」
全て一瞬の出来事で、宙に舞う紙に手を伸ばす暇もなかった。
あっという間に暗い水面に紛れ見えなくなった。
「せや、俺これから飲みいくとこやねん。暇してるなら付き合えや」
呆然とする俺の肩に馴れ馴れしく手を回すと、そいつは西谷と名乗った。
「今夜はとことん飲むでえ!」
「……………はぁ」
「西谷く〜ん、次どこいく〜?」
「キレーな姉ちゃんおるとこがええわ〜」
「ひっく!よお〜し、グランドいくか〜!」
「…アンタら飲みすぎだよ」
視界がぐにゃぐにゃ歪んで、頭がじくじく響いて、音がぐわんぐわん鳴って、なんにも考えられなくなる。あとは泥のように眠るだけ。
お酒は良いものだと、彼に教えてもらった。
← →
戻る
トップ