怠惰で愚鈍な俺は、ガキの時分から緩やかな死というものをごく自然と望んでいた。
生まれ落ちて10年と経たないうちに、死を人生のゴールに位置付けて、まるですごろくで遊ぶみたいに、どれだけの最短距離で到達できるか、どうすれば苦しまずに逝けるのか、そんなことばかり考えているこまっしゃくれた小学生だった。
俺は確実に必要とされないガキだったものだから、この考え方を否定してくれる大人がひとりもいなかったことも大きいだろう。
それがいつしか明確性を伴って性急な死を渇望するようになったのは、人々がこの類を見ない好景気に狂った頃からだったように思う。
金を得ることばかりにかまけて、どんなに汚く卑怯な手も躊躇わずに行使して、アホな俺はどうしてみんながそんなに必死になるのか理解できなかった。
段々と人の心を喪っていくさまに恐怖すら覚えた。
そこにつけ込まれてからはあっという間で、最早自分の力だけではにっちもさっちもいかなくなった時。
とうとう蒼天堀の藻屑になろうと決めたあの日、俺は西谷くんに救われた。
本人にそんな気はちっともなくたって、俺は確かに救われた、と思ったのだ。
死んだ場所や死因すら、自殺なのか他殺なのか、なんの因果がめぐって、彼が死ななければならないことになったのか。
なーんにも、なにひとつわからないまま。
バチが当たったんだろうか、彼は悪いことをたくさんしてきたようだったから。
でも例え極悪人にだって、汚れきった手からであろうが掬い上げられた人間はいるのだ。
そんな西谷くんをみすみす死なせてしまうだなんて、神さまは俺と同じくらいアホだとおもう。
いつもの屋台にいつものちくわぶ。愚痴を聞いてくれる佐川さんはいない。
熱燗がすっかり冷めてしまっても俺は口をつけられずにいた。
こんなうらぶれた屋台の安酒でしか彼を弔う術を持たない自分が、情けなくて堪らなかった。
万が一、ひょっとすると、もしかして。
そこの電柱の陰からひょっこり現れて、あの人相の悪い顔に笑みを浮かべて「名前ちゃ〜ん、おひとりさまなの?寂しいねえ」と、声をかけてくれるかもしれない。
そんな愚かな願望が叶うことを期待せずにはいられないくらい、俺はとてつもないアホなのだ。
あの頃の俺のチンケな自殺願望を、ゴミのように捨ててくれたのは西谷くんだけだったのに。
その人はもう、この世のどこを探してもいない。
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