晴れわたる青空に、どこまでも続く雄大な大地。
険峻な山の峰々は遠くに見え、時折穏やかな風が吹き抜ける。
そんなリムクレイブの地に降り立った褪せ人がひとり。
王の器なぞ土台持ち合わせていない、それでも二本指に導かれるまま流されてしまった哀れな男。
祝福の光は、彼の眼にただの一度も映らなかった。
故国を追われ孤独に放浪を重ねたなまえにとって、相棒とも呼べるのはたまたま巡り会った一匹の馬だけ。
芦色の毛をたたえた美しいその馬を、男は大層愛でていた。
兵士やら狼やら骸骨やら、狭間の地のありとあらゆる存在に牙を向けられながらもなんとか心折れずにこれたのは、ひとえに愛馬のお陰である。
突然襲い掛かられ一目散に逃げるときも、ひとりぼっちで夜の闇に怯えるときも。
物理的にも精神的にも、言葉も持たぬ馬だけが、ただ彼に寄り添い支え続けたのである。
ある日のこと。
愛馬の好むロアの実を求めて、なまえは森の中をうろついていた。
狭間の地にはそこここに自生している植物だが、普段採取している場所にゴドリック兵がたむろしていたのである。
拠点を構えるためか忙しなく作業に勤しむ彼らに単身近づくほど馬鹿ではない。
致し方なしに、やや離れた小さな森で探すことにした。
そこには熊のような大型の獣が現れないことを知っていたから。
運が良ければ鹿でも狩ろうかなんて余計なことを考えていたから。
だからこそ、注意を怠ってしまった。
殺気を感じた時には既に遅かった。
突き出されたナイフが間一髪頬を掠め、体勢を崩す。
茂みに潜んでいたのだろう雑兵が、馬乗りになって武器を振りかぶる。
瞬間の出来事で、頬の痛みだとか死への恐怖だとか、そんなものを感じる余裕は無かった。
ただ木々を縫って差し込む光にナイフがきらりと煌めいて、ようやく。
ようやく楽になれるのかと、そう思ってしまった。
☀︎
昨夜よりそぼ降る雨もすっかりあがり、晴れた天気に気分も良くなる。
ついこの間しばかれたあいつにもこいつにも、なんだか今なら勝てるような、いややっぱり勝てないような。
手入れを終えた剣を鞘に収めて地図を広げる。次は何処へ行こうか。
思い出したくもない忌々しい過去から逃げるように狭間の地へやって来たが、生来の能天気だけをとりえと自負して憚らない俺はここでの生活をなんやかんや満喫していた。
どうせこの世界はとっくに壊れていて、秩序も倫理もへったくれもない無法地帯だ。
どいつもこいつも会うたびに襲いかかってくるし、逆に返り討ちにしても誰にも咎められないし。
かつてあの頃に比べれば、まるで天国なのであった。
ようやく祝福から腰をあげた俺は、やがて木々の生い茂る小さな森へ足を踏み入れた。
道すがら素材になりそうなものを見繕いつつ方位を確かめていると、近くの茂みが不意に揺れた。
身を隠せそうな遮蔽物などに敵が潜み不意打ちを食らうことは嫌というほど思い知っていたので、すぐさま剣を抜き臨戦体勢に入る。
しかし一向に敵影は現れず、なんだリスか猪だったかと、ほっとして周囲を見渡した矢先。
視界の隅でちらりと反射した光に反応して振り向くと、目に飛び込んできたのは、今まさに雑兵が誰かの胸にナイフを突き刺そうとしている瞬間だった。
俺は躊躇せず、がら空きの背中に抜き身の刃を振り下ろす。
いつものように血飛沫が舞い兜と鎧を汚して、それからたった今殺されようとしていた男と目が合った。
彼は涙を流すでもなく、命乞いするでもなく。
どこまでも穏やかな微笑を浮かべていたから。
やっぱりこの世界は壊れている、と思った。
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