酒に煙草、女に賭博。
道端で酔い潰れる、博打を打って素寒貧、そんなことは日常茶飯事。
再三の忠告も聞き入れられたためしなく、いち帝国軍人として、あまりにも低俗。
それが、俺からのこの男に対する評価である。
なぜ鶴見中尉がこいつに目をかけてやるのかまったくもって理解できない。

「…って目してますね、軍曹どの」

一升瓶片手に上官相手にへらへらできるのはこいつぐらいしかいないだろう。

「随分出来上がっているじゃないか」
「ぜ〜んぜん酔ってませんよう」
「…酔っ払いは皆決まってそう言うものだ」

いつだったか谷垣が、なまえが素面でいるところなんか見たことがありません、と苦笑まじりに呟いていたのを思い出す。
もし運良く見た者あれば、その日一日良いことに恵まれるかも…なんて噂されているそうですよ。
冗談じゃない。

けれど、彼の汚泥のように濁った眼を前にすると、いつも言葉に詰まってしまう。
酒の力でも消しきれぬ、何か。悍ましいなにものかを垣間見てしまいそうで。
なまえとまともに目を合わせたことなんか、一度たりとも無いのだ。

「…あ、」

ふとなまえが天をふり仰いだ。
淀んだ空からぽたりぽたりと、彼の渇いた唇や抱えた一升瓶を濡らしてゆく。
やがて強まる雨足は、地表に溢れる不純物を洗い流したくてたまらないというふうに、どこか必死になっているようにも思えた。

酔いが醒めちまう。
そう囁いて、それでもなまえはその場を動こうとはしなかった。

【蝸牛】

のろま。愚図。役立たず。

さんざ吐き捨てられた罵詈雑言を、胸に穿たれた楔の如くいつまでもいつまでも覚えている。
確かに、出来損ないであったのだ。不出来であったのだ、悲しい哉。

屠殺場に連れてゆかれる牛が涙を流していた。
間際に一声だけ鳴いた、雨の降りそぼる空へ溶けていったその一声が、耳から離れてくれない。
あれは正しく呪詛となった。

俺はその晩、父と母を打ちのめした。




戻る

トップ