TOP > 更新履歴 > 記事 零と契約結婚・1 2025/06/08 00:00 訳あって、結婚した。 「我輩、条件的にはかなりいい方だと思うぞい。自分で言うのも変だけど」 「それはまぁ、確かに」 朔間さんの言う通りです。と言うと、朔間さんはいつも通り怪しく美しく笑う。 「おぬしなら我輩も信頼しておるし、パートナーとしてピッタリじゃ。恋愛結婚とかに憧れてるなら無理はしないでいいんじゃけど」 「いいえ、もういいです。懲りましたその辺」 「若いのに寂しいこと言うのう」 まぁよい、どうぞよろしく。と言う握手が彼に初めて触った瞬間だというのに次の日には彼の妻になっていた。人生何が起こるかわからない。 弊社の大人気アイドル、朔間零はES内で起こる内部のゴシップに巻き込まれる事に疲弊して。私は同じ事務所の元カレがストーカーと化したので自分の身を守るために。そんな理由で結婚までするのはどうかと思ったが、あちらからの申し出はそこそこ魅力的だったので単細胞な私はさっさと受けてしまった。 だってもう面倒くさい。新しく彼氏ができれば元カレがその人を特定して攻撃するし、復縁を求められてももう魅力なんて一ミリも感じないから応じたくない。 私はもう元カレのことなんて全く好きではないのに、向こうはまだ私が自分のことを好きだと思い込んでいて、本気でいつか事件に巻き込まれそうだったので転職や転居まで考えていた。この仕事が大好きなのに、そうするしか無いと思っていたのだ。 だからもう恋愛とかそういうものに魅力すら感じていなかったけれど、自分の身は守りたかった。 そんな折に弊社の売れっ子朔間零からの申し出である。彼ならさすがに元カレも手を出せないし、結婚したと言えば諦めてくれるはずだ。そこに賭けるしかない。 そんなドラマでありそうな感じに、ほいほいと結婚してしまった。朔間さん、もとい零くんはあの見た目だ。女癖とか悪そうかと思いきや全くそんな事はなく、むしろ私より結婚に関する手続きをまめまめしく進めてくれる。婚姻届はさすがに私が提出したが、2人で住む家の手配や両親への挨拶もしてくれて、気がつけば指輪まで買ってくれていた。 「これしていた方が結婚しました感出てよかろ」 「そんな理由で……えっこのブランド、高かったんじゃないですか?」 「結婚指輪といえばここって言われたんじゃけど」 「だ、誰に?!……いえ、ありがとうございます。お気遣い本当にすみません」 「よいよい。我輩が奥さんにプレゼントしたかっただけじゃからのう」 こんな関係なのに、彼は彼できちんと私と向き合ってくれるみたいだ。ありがたい。もう私の来世はナスのヘタとかキャベツの外葉とか、そういうものに違いないだろう。溜めに溜めた徳を今世で使い切ったに違いない。 「我輩は公表出来ぬから、その辺はすまぬ」 「当たり前です公表しないでください」 あの朔間零が結婚なんて、公表したらきっと地球が割れるのではないだろうか。ES内ならば情報もかなり厳しく統制されている。完全に安心出来る訳ではないものの、それでも社内の誰かに言い寄られる数も激減するだろうという狙いだ。確かにここ最近、零くんはかなり私生活に疲弊しているようだった。純粋に仕事に取り組みたいのに取り組めないという状況は、リズリンの社員として見過ごせないレベルにまで来ていたのである。 「それじゃあ改めてよろしく頼む。こうなったからには大事にするからのう」 「あ、えと、はい。私も大事にします」 「……うむ。ぜひとも大事にしておくれ」 恭しく手の甲にキス。少し緩んだような笑顔は可愛いと思った。 結婚するにあたって、いくつか決め事をした。 「さすがにこのまま同居してもただの同居人になっちゃいそうじゃから」 という理由で、ちゃんと夫婦みたいに過ごそういう事を零くんが提案してきた時には驚いたけれど、彼が飽きない為には必要なのかもしれないと思って素直に頷いた。 「まず寝室は一緒に使おうぞ」 「えっ、いきなり」 「あぁいや、ただ寝るだけじゃよ。でもその方が夫婦だって認識しやすいじゃろ。自分の脳が」 「なるほど、確かに……」 自分の脳に『この人と自分は夫婦である』と思い込ませる。確かに必要なことかもしれない。なにせ可能ならば離婚とかしたくない。 「あとは、そうじゃのう。その、嫌じゃなければなんじゃけど」 「大丈夫。零くんにされて嫌なこととかないよ」 何気なくそう言うと、零くんが一度顔を背けた。なんだなんだと見守っているとこちらを向いて、一度咳払いをする。耳が赤くて、なんだかかわいい。 「……その、夫婦が仲良くいられる秘訣をじゃな、インターネットでしらべたんじゃけど」 「えっ零くんが?インターネットを?」 「うむ」 それは相当頑張って調べたのだろうから、大人しく聞いてみる。 「でな、その、夫婦は毎日キスをするといいって、書いてあってのう」 「まじで」 「……我輩としては、インターネットに書いてあるのなら皆実践しているのだと思って、その、」 「キスかぁ」 「嫌か?」 零くんの声が揺れたような気がした。無意識に彼の顔を見ると不安そうな顔をしている。それはそうだ。彼からしたら折角ゴシップに巻き込まれる可能性が減ったというのに私がごねたらこの関係は破綻してもおかしくないと思っているはずである。社員としても一応彼の妻としても、零くんを守りたいと思った。 「ううん、嫌じゃない。嫌だったら結婚なんてしてないし」 「!じゃあ、」 「いいよ。キスでもなんでもしようよ。確かにそのくらいしないと夫婦って認識出来なそう。自分が」 「我輩と、出来るか?」 急に零くんが真剣な顔をして、私の頬に触れた。蠱惑的な紅い瞳についドキッとしてしまうのは仕方がないだろう。彼の人間離れした魅力には、ただの人間である私が敵うはずもないのだ。 「で、出来るよ」 「本当に?」 「本当に!」 「よかった」 すると零くんがホッとしたように、綻んだ顔で笑った。テレビじゃ絶対に見せない、少し甘えたような顔はなんだか可愛くて、私はつい目を閉じた。それが合図なのだということに気づかない彼ではない。小さい音を立てて、唇を合わせるだけのキスをした。これが夫婦になって初めてのキスだった。 その日から一日に可能なら2回、無理なら一回はキスをすることを決めた。朝と夜に一回ずつ、朝は零くんからで、夜は私からと決めたのはその方が不公平感が出ないから、らしい。不公平なのかな?と思ったけれど、確かに自分ばっかりする事になるのも気恥ずかしいし、慣れるまでは担当制の方がいいかもしれない。 朝は確実に私の方が目が覚めてて意識がはっきりしてるから朝担当にして欲しかったのだけど、零くんは「朝担当にしてもらった方が目が覚める」と言って朝担当になりたがったので、結局私は夜担当になった。 「零くん!もう私仕事行くから!」 「んん……いってらっしゃい……気をつけるのじゃぞ」 「はい!キスするんでしょ!はい!して!」 「我輩の奥さんは熱烈じゃのう。よしよし。朝とは到底思えぬ……」 「いいから早く!!」 朝は大抵、誰でも忙しい。ムードもへったくれもないキスのねだり方をして、一応起きているけれどほぼ寝ている零くんからキスをもぎ取ると私は玄関で靴を履いた。 「今日ラジオとレコーディングだよね?気をつけて行ってきてね」 「うむ。夜には帰ってくるぞい」 「はーい。私はいつも通りです」 「いってらっしゃい」 寝癖のついた、普段より少し影の薄い零くんを見られるのは奥さんである私の特権だ。旧姓で仕事はするけれどやたらとお高い結婚指輪をして、今日も誰かの為にご飯を作ったり仕事を頑張ったりする生活っていうのは、良いのかもしれない。 まだ零くんのことは旦那さんというよりも彼氏に近くて、否、彼氏よりもちょっと気になるルームメイト程度である。 でもいつか絶対に、彼は名実共に私のかけがえのない家族になる気がする。 [prev][next] [Back] |