TOP > 更新履歴 > 記事 日和と政略結婚したはずだった 2025/06/07 23:56 予想外過ぎて、驚きの感情しか湧いてこない。 「ね……きみ、明日はお休みだよね?」 間違っていないので小さく頷いて返すと、日和くんは嬉しそうに目を細めた。その微笑みたるや、いつものアイドルとしての彼とはややかけ離れた位置にいそうなほど蕩けたもので、その頬は色艶はいいもののいつものように白いままなのに、何故か酷く紅潮しているように見えた。そっと日和くんが私の腰を抱いて、しかし寝室へと誘導しようとする力は強い。慌てるように足を進めながら、私は驚きを隠せないでいた。 下品な言い方をするのは分かっている。分かっているが、あえて言う。 まさか日和くんが、こんなに夜求めてくる人だとは思わなかった。 以前から決まっていた彼と、もとい巴家との結婚話は互いが一番干渉しない形で粛々と進み、覚悟していた通り巴姓を名乗るようになってしまった。あなたの婚約者は巴財団の、と言われたのは中学生の頃。相手の職業を鑑みてそれが実行されたのはそれからかなり経ってからではあったものの、既にその約束の賞味期限は切れていたのでは、などと考えていた私が甘かった。さすが、巴財団も我が家も往々に古臭い家である。これが最近台頭してきたらしい姫宮さんの家とかならばまだ結果は違ったかもしれないのに。 話が逸れたがそういった形で結婚した私と巴さん、もとい日和くんは、結婚式が近くになるに比例してよく会うようになった。一応互いの家が気を遣った結果なのだろう。職業上時間を作るのがかなり難しいであろう日和くんはそれでもきちんと待ち合わせの時間に遅れずやってきて、ホテルでのディナーとかコンサートといった優雅なデートを卒なくこなしていた。 彼がそうやって律儀なので、恋だのといった感情は湧いてはいない私ではあったが、信頼はしていた。ある日ポツリと「本当にいいんですか?」と聞けば、彼は真顔で頷いてから「ご縁で一緒になるんだから、お互いに良い関係でいたいとぼくは思うね」と言っていた。私も賛成である。彼とならいいビジネスパートナーのような関係の夫婦でいられる気がしたので、私は特に不満もなくウェディングドレスを着たのだった。 といった経緯があったので、正直寝室は別だと思ったし夜の夫婦生活だって計画的に子どもを作る時くらいしかないだろうと踏んでいた私だったが、あっという間に私の部屋のベッドは使用頻度が薄れていった。代わりに日和くんの部屋の大きなベッドで寝るようになったし、こうして次の日が休みだったり時間に余裕がある時は、よく押し倒されるようなった。 なんで?という感じではある。私の上でうっとりとした表情で自身の部屋着を脱いでいく日和くんをポカンと見ながら、私はどこか冷静だった。結婚した日に一応といった形で初夜を迎えたは迎えたが、彼はそんなにセックスに対して経験豊富な感じではなかったし、私に至っては未経験だった。なので正直なところスムーズな夜ではなかったように思うからそこまでいい思い出では無いような気がするが、彼とて男性ということなのだろうか。もしかしたらその一夜で味を占めてしまったのかもしれない。 それにしても、日和くんのアイドル像的にセックスが好き、なんて印象はなんとなく持ちたくない。なんて失礼なことを、少し考えてしまった。 「これ、脱いで、」 「あ、は、はい、」 現実逃避している間にも、日和くんの中でボルテージが上がっているのか間接照明に照らされた彼は昼には見ない酷く淫靡な表情をしているし、声は既に荒い呼吸の狭間から出ている。私はパジャマのボタンを俯きながらもたもたと外していると、急に顎を持ち上げられてそのままキスをされた。躊躇なく入り込んでくる舌に身体が反応するのも仕方のない話である。なにせ日和くんは、キスが好きだ。 ボタンを外す余裕がないくらいにキスに集中させられて、そっと唇が離れた時には脱ぎかけのパジャマの隙間から彼の熱い指が入り込んでいた。あ、と思う間も無く脱がされて、すっかり普段から油断できなくなったのでそこそこかわいい下着を常に着けるようになった私に彼はテレビの中では見たことない顔で笑う。 「それ、ぼくのため?」 「え、え?」 「かわいい下着はぼくのために着てくれたの?」 それはそうなので、私は一つ頷いた。気合いの入ってない下着だとなんとなく機嫌を損ねそうだという理由だけれど、当の本人は私の頷きが大層嬉しかったのかまた二度三度とキスを重ねてから小さく「嬉しい」と呟いた。 「ぼく、愛されてるね」 「う、うん」 だって家族だもの。と心の中で添えたのはもちろん聞こえていないだろう。日和くんの機嫌は一層良くなり、首筋にちゅっちゅと音を立てて唇を乗せていく。そのまま耳までぱくっと咥えられると、私だって情けない声が出てしまう。 「気持ちいいの?かわいいね。かわいい」 「恥ずかしいよ」 「ねぇ、ぼくのこと好き?いちばん好き?」 「うん、好き」 「ぼくも。ぼくもきみがだいすきだね。だから……もっとすきって言って、」 ドロドロに溶けそうなくらいの甘い声で、彼は最中よくこうやって尋ねてくる。好き?とか、愛してる?とかそういった、互いを好きになって結婚した人たちなら間違いなく交わし合ったであろう愛の言葉を、彼はベッドの上でだけはしつこいくらいに確認してくるのだ。 彼の背中を引っ掻かないように気をつけながら、汗ばんでいる肩甲骨を撫でる。一際ベッドが軋んだ音がして、そこからは頭が真っ白だった。 気怠い身体をのろのろ動かしてシャワーを浴びてから、毎回日和くんのベッドに戻るべきか自分の部屋に戻るべきか悩んでしまう。最中はめいいっぱい愛してくれる日和くんではあるものの、普段からそうなのではない。本当にこの時間だけ、初恋の人と結ばれたかのような愛を向けてくれるのだ。身体だけ求められているみたいで寂しくもあるけれど、逆に言うと身体は求めてくれる。普段だって誠実な人だ。何も不満はない。 「どこに行ってたの?早くこっちきて」 すると日和くんが部屋の入り口で待っていた。私が自分の部屋に手を掛けようとしているのを見て、慌てるように小走りで近づいて来てはその手を外して部屋まで引いてくれる。 「どうして自分の部屋で寝ようとしたの?待ってるのに」 「ごめんね。日和くんがゆっくり寝たいかなって少し思って」 そう言うと日和くんは不機嫌そうに頬を膨らませた。それからバフっと音がしそうなほど抱きしめられる。予想外の行動に、私は驚いて彼を見た。 「きみがいないと寂しいから、行かないで。あんなにぼくのこと好きって言ってくれたのは嘘なの?」 「嘘じゃないよ。日和くんのこと、大事だよ」 「本当?好き?」 「うん」 頷くと。日和くんは「えへへ」と随分かわいい声で笑ってからまた私の手を引いてベッドに入った。すっかり疲れた身体を布団に滑り込ませて、そのまま目を閉じる。意識が落ちる寸前に日和くんが私の髪を撫でたような気がするけれど、それに反応出来るほどの体力は残っていなかった。 愛されたい気持ちが強い彼が、愛されている事を強く実感出来るからという理由で私をベッドに誘って来るという事を知って、私の部屋のベッドが無くなり寝室が一緒になるのはもう少し先の話になりそうである。 [prev][next] [Back] |