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日和と喧嘩
2025/11/04 19:59

 喧嘩をした。原因は間違いなく日和くんにあると、私は思っている。

 金曜の夜、突如彼からきた電話。少し弾んだ声に何か良いことがあったのだろうということはすぐわかった。

「ねぇ明日土曜日だよね!ぼく、急遽オフになったから会いたいな!」
「えっ」

 そりゃあ、忙しい日和くんからしたら突如出来たオフは嬉しいだろうし、それが土曜日で私に会えると思ってくれたのも嬉しい。何も予定が無いのだったら私も二つ返事で会いたいと答え、彼の家に行った事だろう。

 しかし、私だって全ての土日が暇なわけではない。その日は数ヶ月ぶりに会う友人との約束があった。先月から予定を立てて楽しみにしてきたのである。勿論私はその友人との約束を優先させる義務がある。すごく機嫌の良さそうな彼に水を差すのは非常に心が痛かったが、ここでモダモダしていても仕方ない。と、私はやや気まずそうに実はね、と彼に明日は会えない事を伝えた。

 そうしたら爆発した。彼が、電話越しで、ギャンッ!!て、なった。折角オフになったのに!土日がオフになるなんてなかなか無いのに!予定が空いてきみに1番に連絡したのに!このぼくが!等々を、ワガママ全開で言い放つ彼の話にうんうん、ごめんねごめんね明日はゆっくり休んでね。となんとか宥めすかすような事を言ったけれど、私にも限界があるのは仕方ないだろう。

 最終的にこんな事を言い出したので、頭に血が一気に上ってしまったのだ。

「きみはその友達とぼくどっちが大事なの?!」
「はぁあ〜??」

 仕事と私どっちが大事?というテンプレの重たい女みたいな問いをしてきた彼に、思わず私も喧嘩腰で彼に詰め寄った。電話の向こうで。

「あのさぁ!そういう質問が不毛な事くらい分かってるよね?!私とジュンくんどっちが大事?って私が言うようなものだよ!?明日は予定があるから無理!じゃあね!」

 そう言って、強制的に電話を切る。その日はしばらくイライラが納まらなくて、真夜中までベッドの上で寝返りを打ち続けた。

 けれど、彼の言いたい事も十分わかっている。勿論友人にも会いたいけれど、忙しい彼が土日にオフになるなんて奇跡に近いのだ。そんな中一番に私の顔を思い浮かべてくれて、一番に連絡をくれて、最初に言った言葉は「会いたい!」だった。疲れてるだろうに、それでも体を休める事よりも私を優先してくれた。
 紛れもなく、私は日和くんに愛されている。私だって勿論彼を愛しているのだ。ただちょっとだけ、すれ違ってしまっただけ。

 私ももっと言い方があったはずなのに、と真夜中に急に悲しくなって、ポロポロ溢れてくる涙を枕カバーで無理やり隠した。
 

 朝、スマホのバイブレーションが耳元で鈍く、けれどけたたましく鳴る音で目を覚ました。いつの間にか寝てしまっていたようだ。きっと日和くんは完全に拗ねてしまっているだろうから、もしかしたら友人だろうかと相手も見ずに電話に出た。「はい…」と掠れた声で出れば、向こうも寝起きなのか、掠れた声でボソボソと呟くような声が聞こえてきた。

「もしもし…?」

 友人の名前を呼んでみる。けれど返事は無く、何故か向こうも疑問形で話しかけてきた。

「凪砂くん…?早くにごめんね…」
「えっ」

 日和くんではないか。しかも相手がAdamの凪砂くんと勘違いしている。私はそこから一気に覚醒したが、向こうは寝ぼけているのか電話相手が間違っている事にも気がつかず、やはりボソボソと話し始めた。

「昨日あの子と喧嘩しちゃったんだ…聞いてくれる?」
「……」
 私もどうしたらいいのかわからない。喧嘩の当事者である。
「あの子が困るような、酷いこと言っちゃったね…」
「……」
「ぼく、あの子が休みの日に仕事がオフになったのって多分初めてだから、浮かれちゃった。あの子にだって予定があるのに優先してもらえなかった事が悔しくて…。お友達に情けないヤキモチ妬いちゃったね」
「……」

 やっぱりそういうことだった。彼は自分の意見が通らなかった事に苛立ったのではなく、私に会えない悲しみを苛立ちに変えていただけだったのだ。

「無理、って初めて言われちゃって、すごくショック…こんな事ならワガママ言わなきゃよかったね…」

 はぁ、と日和くんが電話越しに何とも切ないため息を吐いた。段々可哀想になってきてしまう。

「どうしたらいいかね…凪砂くん……」

 プツン、と電話が切れた。多分寝ぼけて切ってしまったのだろう。後に残ったのは、罪悪感でいっぱいの私である。
 今日は友達と遊ぶ。私のその予定は揺らがない。けれど。

 私はスマホのメッセージアプリを開くと、彼にメッセージを送ってから起き上がってカーテンを開けた。彼の心情とは真逆であろう、いい天気である。
『日和くん。昨日は言いすぎちゃってごめんね。仲直りしたいから、今日の夜行ってもいい?』

 あとはちょっと、彼への悪戯を込めて追伸を送っておく。
『あと日和くん、電話の着信履歴見てごらん』
 そう、彼が早朝に掛けたと思っている凪砂くんの名前なんてその時間には無く、そこには私の名前があるはずだ。賢い日和くんならそれだけで理解するだろう。全部全部、当事者である私に話しかけていた事に。


 結局メッセージの返信は、友達とランチをしていた時間にポツリと返ってきた。そこには一言『いじわる』と書かれていた。

「いや、乙女か?」

 これは珍しく恥ずかしがっている彼が見られるのではないだろうか。私は友人も偶然夜に予定が出来てしまったと元々聞いていたので、夕飯を買って彼の家へ行くのを楽しみにしつつも、久々に会えた友人とのひと時を思い切り楽しんだのである。



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