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宗と京都旅行
2025/11/04 20:00

 いわゆる作者取材なのだよ。と言われて、「へー」と返して付いてきてしまう私も私だ。

 京都、嵐山のシンボルでもある渡月橋の下を悠々と流れる保津川を、宗くんがぼんやりと眺めながら何かに想いを馳せている横で、私は彼の整った横顔をぼんやりと見つめた。盆地である京都はまだ少しばかり蒸し暑かったけれど、真夏日だった数週間前と比べたら楽園も楽園である。薄いカーディガンを羽織ってちょうどいいくらいの気候は快適で、はたはたとスカートを揺らしては足元をくすぐっていく風は軽やかで涼しい。

 たまたま宗くんがパリから帰ってきていて、たまたま世間は4連休で、たまたま宗くんは京都に行こうとしていたから「一緒に来るかね?」と言われて簡単に頷いてしまった。

 私の誕生日が明日であることを宗くんが覚えているかは怪しいので、あまり期待はしない。むしろ誕生日に海外を拠点にする彼と旅行に来れただけで最高に幸運な誕生日と言えるのだ。

「紅葉には早かったね」

 ずっと黙っていた宗くんがポツリと呟いたので、私は反射的に頷いた。じっと彼の顔を見つめていた事を気づかれて咎められるのかと思ったが、そうではないらしい。
 宗くんは渡月橋の欄干に身を預けるように川を臨みながら、上流の方にある山を見つめていた。まだ紅葉の欠片すら見えない青々としている木々と宗くんの綺麗な髪色の対比が美しくて、私は思わず写真を撮る。宗くんは嫌そうに顔をしかめた。
「写真を撮るなら許可をとりたまえ。許可を」
「そしたら宗くんカメラ目線になっちゃうじゃん」
 何がいけないのだ。と言いたげな彼を放っておいて、確認の為にスマホを見る。自然体な横顔はやはり私の大好きな彼そのものだった。
「今更なんだけどさ、作者取材ってなに?宗くん漫画でも描くの?」
 あの時は納得したふりをしたけど、その実私は彼がここに来た意味を全く理解していなかった。宗くんと同じく渡月橋の欄干に背中を預けるようにして涼しい風を受け止めるように浴びると、彼はフフン、と得意げに笑った。
「最近日本の着物文化があちらでも話題なのだよ。だから着物文化が未だ色濃く残る古都の雰囲気を……」
「あ〜なるほどね」
 これ以上は長くなりそうだったので適当な所で話を区切り、私はシャバシャバと岩にぶつかってはしぶきを上げる川の流れを見つめた。川の水が澄んでいる分、白く跳ねるしぶきは冷たそうである。
「話は最後まで聞きたまえ」
「長くなりそうだったんだもん」
 宗くんの1番になってからの時間は決して短くない。それくらいすぐ察して話を切り上げていかないと一向に前に進まないような言葉運びをするのだ。斎宮宗という人間は。
「せっかくなら明日にでも浴衣のレンタルとかする?京都はそういうお店沢山あるよ」
 今日はもう夕方に差し掛かっている。本格的に遊ぶなら明日、といったところだろうか。
「ノンッ!既製品から得られる着想なんて大したものではない!僕が求めるのはこの川のように澄み渡る芸術!香の香りがそこかしこから匂い立つような艶!」
「もういいや。とりあえずそろそろ泊まれる所探そうよ。どうする?」
 彼の事だから何かしら考えてはいるだろうとは思ったが、折角ならビジネスホテルとかではなく旅館に泊まりたい。急に来たけれど意外と旅館とかは飛び込みの客も歓迎してくれる所がある事を私は知っている。
 すると宗くんがそっと私の手を取って歩き出した。
「え?何?どこ行くの?」
「……旅館を、予約している」
「うそ、ありがとう!いつのまに?」
 もしかして二人で川を見ながらぼんやりしている間に旅館を探してくれたのだろうか。などと思いながら、宗くんさすが〜!と彼を冷やかしていると、ちら、と彼がこちらを見て呟いた。
「……去年から」
「えっ」
 すると思わぬ返事が返ってきて、私は思わず足を止めてしまった。その分宗くんと一歩分距離が出来て、お互いの腕がピンと伸びる。
「去年って言った?」
 思わず聞き返す。すると彼は素直に頷いて、私の手を強く引く。それに釣られて、私は足を動かした。
「一度雑誌で、見かけてね。小さな旅館ではあるのだが写真を見るだけでもとてもいい所だったのだよ。しかし予約が一年待ちで……。だからぜひ、君の誕生日という特別な日の思い出になればいいと思って……」
 ここでようやく、私は自分の失態に気がついた。作者取材なんて嘘で、彼のかわいい照れ隠しだったのだ。もちろん着物の着想を得たいという思いはあるのかもしれない。けれどあの宗くんが、誕生日に旅行を計画してくれるなんて夢にも思わなかった私は言葉が出ないまま手を引く彼の後についていくしかできない。しかし彼は私が黙りこくっているのを勘違いしているのか、繋いでいる手をそっと握り返して、私の顔色を窺うように囁いた。
「怒った、かね」
 誘い方が拙かったのは、謝る。と彼は言った。あの斎宮宗くんが、労力を割いて私の為に連れてきてくれた場所で、怒りなんて湧くわけない。不器用過ぎるのが本当にかわいい人である。
 私は繋いでいた手を一度解いて、困惑する彼の腕に思い切りしがみついた。外は段々と薄暗くなって、山の方は濃い影がじわじわと広がっているのが視界の端に見える。少しくらいならいいだろうと彼の顔を見れば、ホッとしたような表情をしていた。私が怒っていない事に遅まきながらようやく気がついたらしい。
「宗くんが一緒に行く?って聞いた時、私が行かないって言ってたらどうしてたの?」
 宗くんは「そんな事!」と笑った。
「この僕が行くと言っているのに君が付いてこないわけないだろう!」
「いや〜わかんないよ。面倒だしいってらっしゃいって言ったら?」
「その場合は……仕方ないから種明かしするよ。どうしても、僕はこれから行く旅館に君と行きたいのだからね」
 自分本位なのか私本位なのかさっぱりわからない返事を投げ返して、宗くんと私はタクシーへ乗り込むと嵐山の少し奥へと向かった。小さな鄙びた旅館は厳かな、けれど優しい雰囲気の所である。
「わ〜素敵!」
 一年待ちの旅館と聞くとそれだけで相乗効果がすごい。仲居さんに案内された部屋でようやく私は腰を下ろした。女性には浴衣のサービスと言って、沢山あるうちから好きな浴衣を選ぼうとしたら宗くんに勝手に選ばれてしまったが、彼の選んだものなら間違い無いので文句は言わない。仲居さんが淹れてくれたお茶を啜ってから窓の外を見れば、保津川のせせらぎが聞こえた。暗闇の中にぽっかりと浮かぶ月が、何故かいつもと違って見える。畳の青い香りがどこか懐かしくて、重厚なテーブルは高級感と共に特別な場所に来た、という事を意識させてくれる。
「トレビアンッ!」
「……」
 さて、この純和風の旅館で一人違和感を吐き出しまくっている宗くんは、備え付けの露天風呂がある方で一人はしゃいでいた。外に出るとより空気が涼やかだ。外からは見えないようにはなっているが、二人で入るには大きな露天風呂と、座って涼める場所がある。仲居さんに頼めばそこでお酒やおつまみが楽しめるようになっているらしい。
「温泉、楽しみだね」
 そっと彼に近づいて呟いてから笑って見せると、何かを察した宗くんは少ししどろもどろになった。付き合って長いのに、そういったことに関しては彼はどうにも前のめりになれない、所詮むっつりな部分がある。
「……あとで、一緒に入ろうか」
「うん」
 けれど旅行の開放感が彼を突き動かしているのだろうか。随分とかわいい声色だったけれど、宗くんからのお誘いが、私には嬉しかった。
 毎年、誕生日には彼が作った服をプレゼントしてもらっていた。それは彼の素晴らしい個性で、彼らしさの詰まったプレゼントで、私は満足だった。たとえ会えなくてもそれを着るだけで彼に会えているような気さえしていたからである。
 けれど確かに二人で旅行なんて来たことなかったし、こうやってゆっくり過ごすことは、今まで全くなかったように思う。かたや日本、かたやパリ。宗くんが帰国してきても、それは彼がアイドルの仕事をする為で、私のためでは無いのだ。
 だから彼は、こうやって一年前から私との時間をここで予約して連れてきてくれたのだろう。きっと一年後の数日の予定を空けるなんて、彼からしたらかなりの労力を使ったに違いないのだ。
 日本でもパリでも、不透明な予定に見えない現状。それでも彼は実行して、実際に私たちは二人でゆっくりする時間を手に入れている。
 かけがえない時間だと思った。一生忘れないとも、思った。
「宗くん。連れてきてくれてありがとう」
 思わずそう呟くと、彼は風に微かに髪を揺らしながら「祝いの言葉は明日の方がいいから、まだ言わないよ」と言った。
「そうだね。まだ誕生日じゃないもん」
「では今日の僕は、明日の君がより幸福であるように願っておこう」
 一緒に来られてよかった。愛おしい人。
 そう言って、彼はそっと手の甲にキスをしてくれた。柔らかい感触がくすぐったくて、けれど涼しい風の中、キスをもらったそこだけがほのかに温かい。
「夕飯食べて、お風呂入って、一緒にお布団で寝て……今日もまだまだ幸福になれる事が沢山残ってるのに、明日は何があるのかな」
 楽しみだね。と呟けば、宗くんは嬉しそうに微笑んだ。今日よりも明日、明日よりもその先の幸福を願ってくれる人といられる事が、私の最大の幸福なのである。




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