TOP > 更新履歴 > 記事 なずなと「かわいい」 2025/11/04 20:01 よく話す方だと思う。 別に好かれているとは思っていないけれど嫌われてはいないだろうし、2限の授業が被るとそのまま一緒にお昼を食べることだってある。 アイドルなのは正直私の中ではどうでもよくて、それよりもしっかりと自分の考えに芯を持ってる所や、きちんと自分の意見が言える所を尊敬している。 忙しいはずなのに時間を取って真面目に授業を受けてる所も、誰しもが真似できるものではないだろう。 つまり私は彼が好きなのだ。そんなことは、絶対に言えないけれど。 「はいこれ約束のノート。汚かったらごめんね」 「そんなことないぞ、ありがとう!どうしても今日の講義気になってたんだけど撮影が押しちゃってさ」 「お仕事お疲れさま」 その日仁兎くんは、昼休みの時間に大学のカフェテラスに顔を出した。事前に連絡をもらっていたのでいつもより真剣に、それから丁寧に取った今日の講義のノートを渡す。教授の計らいで授業を欠席した生徒はプリントをPDF化したものがもらえるけれど、真面目な彼はそれだけでは足りないと考えたらしい。朝に仁兎くんからメッセージが来ていた事で起き抜けにドギマギとしたが、やはり彼は真面目だった。ついつい浮かれた自分が恥ずかしい。 「あ、今日は奢るぞ。これのお礼な」 何食べる?と聞かれたのでいいよいいよと手を振るが、彼は引かなかった。諦めて日替わりランチをお願いして、私は代わりに自販機でジュースを二つ買う。慎重に日替わりランチを二人前持ってきた仁兎くんにお礼を言えば、彼はテーブルにあるジュースにすぐ気がついてお礼を返してくれた。向かい合って座ると、彼の背後の席にいる女の子がチラチラとこちらを見た。心配しなくても私と仁兎くんは恋人でもなんでもない。残念ながら。そんなツッコミのような自虐を入れながら手を合わせて昼食にする。 お昼はよく一緒に食べるけれど、私たちはそんなに話題があるわけでもない。意外と仁兎くんは黙々と食事をとるので私も一緒になって静かにご飯を頬張っていると、ふととあることを思い出した。たまたま昨日アイドル仁兎なずなくんのSNSを見ていた時に、かわいいぬいぐるみの写真が載っていた事を思い出したのだ。 「ねぇ仁兎くん。昨日SNSに載せてたうさぎのぬいぐるみ、すごくかわいかったね」 着物の生地のような、和柄の服を着た兎がちょこんと載った写真は沢山の「いいね」が押されていた。よく見ると写真の端に誰かが寝っ転がっているようなのも見えて思わず拡大してまで見つめてしまったのも記憶に新しい。ファンのコメントを見るに、影の正体は寮で同室の月永レオくんだということがわかった。 「あ、見てくれたのか!あれかわいいだろ?紅郎ちん……紅月の鬼龍が作ってくれたんだ。おれ、高校の頃同じクラスで仲良かったからさ」 「鬼龍くん……」 確か和風ユニットの背の高い人だったはずだ。わりと荒っぽそうな見た目なのにお裁縫が上手なんて、思わずきゅんとくるギャップである。 「衣装の端切れでたまにああやってかわいいもの作るんだよ。いつもは男のアイドル衣装ばっかり作ってるからって」 「へぇ〜。鬼龍くんもかわいいんだね」 あとで紅月について調べてみようと思って、一つ小さな楽しみができる。仁兎くんの好きなものは知っておきたいなんて思うのは少しばかりストーカーじみているだろうかと逡巡する。ただ彼と共通の話題がほしいだけなのは紛れもない真実ではあるのだけれど。 「……そう、だな」 すると目の前の仁兎くんが目に見えて元気を無くした。私はその時ハッとする。つい鬼龍くん「も」と言ってしまったのを思い出したのだ。アイドルとしてではなく、一介の大学生としての仁兎くんは過剰にかわいいと言われるのを嫌がるのをなんとなく知っていたのに、つい口が滑ってしまったのだ。 「あ、あ、えっと、仁兎くん……」 フォローの言葉を思いついてないのに名前を呼べば、仁兎くんは聞こえなかったのかこちらを見向きもせず、お皿の上のコロッケを割りながらぶつぶつと呟いた。 「そうだよな。女の子って、ギャップとか好きだもんな」 いいなあ紅郎ちん……とふてくされたように口を尖らせて独り言のように唸る仁兎くん。いつもは大人びてて意外とクールなのに、こんなかわいい拗ね方をするのか。と、私は1人徐々に心臓を高鳴らせた。アイドルのギャップよりも、好きな人の意外な一面を見つけた時の高揚感の方がはるかにときめくものだ。 「あ、あの、仁兎くんもかわいいよ!あとね、かっこいいよ」 思わず口をついて出た言葉はあまりに語彙力が足りない。小さい子どものような褒め言葉を並べる情けない自分に内心呆れながらも、私はいつも考えていた事を口にした。 「忙しいのに真面目に授業受けたりするのすごく尊敬してるし、それから自分の意見を臆さずに言える所もかっこいいと思う!私には、なかなかできないもん」 ガヤガヤと騒がしいカフェテラス内だからこそ、普段からずっと思っていた本音が言えた。でもこうして言葉に乗せたらとても恥ずかしくて、きっと真っ赤になっているであろう頬を隠す為に私はサッと俯く。勢いそのままに告白してしまいそうになったのをなんとか押し留めた。告白なんて恐れ多い。相手は大人気のアイドルである。 「……」 向かいに座っているであろう仁兎くんからの言葉がないせいで、テーブルの上にはしばらく沈黙が流れる。賑やかな空間の中ここだけ切り離されたみたいな感覚に耐えられなくて、私は謝ろうかとようやく顔を上げれば真っ赤な顔した仁兎くんが、まるで信じられないとでも言うようにパチパチと瞬きを繰り返していた。 「に、にとくん……その、ごめ、」 「あっ!ありゃっ!ありりゃと!!」 「へっ?」 「おれ、おれもう行く!」 突然バタバタと食器を片付けて、仁兎くんはさっさと席を立ってしまった。私は1人ぽつんと取り残され、また周囲の空気がガヤガヤと流れるのを感じる。 怒ったのだろうかと一度考えたけれど、あの真っ赤な顔を見たらなんだか違う気がしてきている。期待はしないけれど、嫌がられたわけではないと思いたい。仁兎くんは肌が白いから余計に赤いのが見てわかるのが、なんだかとてもかわいかった。 「やっぱりかわいいなぁ」 小さく呟いて、私はそっと席を立つ。 叶うことは願わないから、せめて好きでいる事だけは許してほしい。そんな風に思った。 あの後仁兎くんが耳まで真っ赤にしながら講堂の隅で小さくなっているのを彼のゼミメイトが見つけることなど、私はもちろん知らないままその日を終えるのである。 [prev][next] [Back] |