TOP > 更新履歴 > 記事 なずなとPM3:00/執事パロ 2024/02/20 20:55 「お待たせいたしましたお嬢さま」 時刻はちょうど午後3時。この屋敷では、必ず3時におやつが出てくる。私はいつものことなのに少しだけ緊張しながら席に着くと、かわいい執事が私の前で恭しく礼をした。 「なずな」 にこっと笑った顔は女の私よりかわいらしい。彼はついこの間まで執事見習いだったらしいけど、前任の執事が引退したのを機に、なずながこの屋敷の使用人を取り仕切ることになったという。 私はつい1ヶ月前にこの屋敷の旦那様が自分の父だということを知って教会からここへと来たばかりなので、詳しいことは何もわからない。 ただこの屋敷の主人であり私の父である人は父というより祖父くらい歳が離れているし、他に家族はいない。基本、使用人以外は私の気配しかしない家なのである。 なずなが音も立てずに私の前にケーキの乗ったお皿とティーカップ、シュガーポットを置いた。焼き立てであろう甘いケーキの香りと紅茶のほろ苦い香りは合わさると心地よくて、私は胸一杯にその香りを吸い込む。 「いい香りです。おいしそう」 「本日はイチゴとチョコレートのタルトです。紅茶はヌワラエリアをご用意いたしました」 「あ、イチゴ!旬ですもんね」 私はふと、物心付いた頃から育った教会を思い出す。ちょうどこの頃になると農家のお手伝いの代わりにイチゴをもらって、焼いたパンケーキに添えてよく食べていた。 「お嬢様は甘いものがお好きですので、タルトのチョコレートにはミルクチョコレートを使用致しました」 少し悪戯っぽく、けれど上品に笑ったなずなの言うとおり、私は甘いものが昔から好きだった。 それをなずなが知っているのも、当然なのである。 「小さい頃からよくなずなのお菓子もらっていたものね、私。本当は聖歌隊をしていたなずなにあげなければならない立場だったのに」 耐えきれなくて小さく笑うと、なずなも懐かしそうに微笑んだ。 「そうだな。聖歌隊の子どもたちにご褒美として配られるお菓子を、配る側だったおまえがいつも羨ましそうに見るから、おれもついつい甘やかしてたよな」 もう忘れて。と私がそっぽを向くと、なずなは執事らしからぬ無邪気な笑顔を向けてくれた。 私が孤児として教会に引き取られていた頃、なずなはよく聖歌隊として私のいる教会に訪れていたのだ。幼なじみというには関係が薄いけれど、まさかその数年後に屋敷の執事と主人の娘として顔を合わせることになるとは、思いも寄らなかった。 「今考えるとよくシスターに怒られなかったわ。ふふ、あの時はありがとうなずな」 いただきます。と言ってから、私はタルトにフォークを入れた。イチゴの酸味がチョコレートの甘さを程よく溶かしてくれて、相変わらず美味しい。美味しいです。となずなに向かって言えば、彼は少し懐かしそうに笑った。 「知ってるぞ。お嬢さまは毎日自分に配られていたお菓子を、教会に炊き出しを食べに来るスラムの子どもたちにあげていたんだよな」 「そんなの、自己満足よ。結局なずなのお菓子もらっていたんだから」 だからみんなに配られているお菓子が羨ましくて見ていたら、たまたまなずなが気が付いて私にお菓子をくれていた。 紅茶を一口飲む。教会では質素倹約が基本なので、麦の茶や自家栽培しているハーブのお茶しか飲んだことなかった。小さな子からお茶を淹れてあげていたので、私が飲む頃には既に出がらしの薄い味だったけれど、それでもみんなで飲むお茶は美味しかった。でとそれは、折角私の為だけに紅茶を淹れてくれるなずなには言わない。 「紅茶も美味しい。なずなはお茶を淹れるのがとても上手よね」 「前任が紅茶を淹れるのが上手かったからな」 ふふ、と懐かしそうに笑うなずなに、私は何気なく聞いてみた。 「そういえば、前任の方はどうなさったの?」 高齢で辞めたとか?と聞けば、なずなは口角を上げたまま頷いた。 「そうだよ」 「……ふぅん」 その表情が作り物みたいで、私は深く聞かない方がいい事を悟った。タルトにフォークを入れて、少し固いクッキー生地をサクッと割る。イチゴと一緒に口の中へと入れれば、甘くて酸っぱくて、けれど喉元を過ぎてしまえば、その味はすぐ舌に残る余韻だけになってしまう。 「……このタルト、私一番好きかも。お父様、も召し上がっているの?」 屋敷に来てからは一度も会った事がない、祖父のような見た目の父。なずなが全て父の世話をしているらしいけれど、なずなからも父の話はほとんど聞いた事がなかった。 「旦那様は今体調があまりよろしくないから、後で胃に優しいものを持って行くよ」 「そ、そうなの?!なら私お見舞いに……」 「だめだ」 なずなが厳しい声を上げた。彼の飴玉のようにまん丸な瞳が、鋭い刃物のようになる。 「旦那様は感染性の病を患っていらっしゃる。おまえは決して部屋に近付かせるなと命令を受けているんだ」 淡々と、けれど重たい雰囲気を纏ってなずなが言った。本当に私を心配しての声なのか、父の部屋に近寄ろうとした事に怒っての声なのか、私には判断がつかない。 誤魔化すように紅茶をすすって、タルトを口に運ぶ。甘くて酸っぱくてほろ苦い、複雑に絡み合う味。 「お嬢様は……おまえは、ここでずっと穏やかに暮らせばいいんだ。他人の為に自分を削る必要なんてない。自分を切り売りして、他人に尽くす必要もないんだよ」 不意になずながそんな事を呟いた。教会での生活の事を言っているのだろうか。教会は確かに貧しくて、自分よりも何かを求めて来る人に譲る事は多いけれど、私はそれでも幸せだったのに。 午後3時。 タルトの中には甘ったるい寓話を。 紅茶の中にはほろ苦い真実を隠したなずなが、それを私に食べさせる日々の本質に私が気がつくのは、もう少し先の話。 [prev][next] [Back] |