TOP > 更新履歴 > 記事 ジュンを癒しにしてる事務員 2025/11/04 20:08 「こんちゃ〜すお疲れ様です!失礼します!」 あ〜、癒しが来た。私はタイピングする指を止めないまま、背後から聞こえる明るい声に耳をそば立てた。 コズミックプロダクションのしがない事務員である私にとって彼ら、特に今事務所に礼儀正しく入ってきた漣ジュンくんは癒し以外の何者でもなかった。明るい挨拶は聞くだけで私に元気をくれる。 今まで接点はほとんどなかったのだけれど、この度副所長のサポート事務もやる事になった私は有頂天だった。ミーハーなのは認める。認めるが仕方ないだろう。もしかしたら癒しの権化と会話が出来るかもしれないのだ。 「すいません、茨のデスクの場所って変わりました?あ、あそこっすか?ありがとうございます!」 背後で聞こえる会話を勝手に盗み聞きしていると、ジュンくん…否、漣くんが私の隣のデスクである七種副所長のデスクを探していることを察した。ここです〜!と手を振ってあげたいけれど、盗み聞きがバレてしまう。グッと堪えて、私はあんまり癒しの対象ではない七種副所長に業務報告のメールを送った。返信が早い副所長だから、すぐに了解のメールが来ることだろう。 「お忙しいところすいません。茨のデスクってここであってますかねぇ?」 「え?!あ、はい!」 不意に話しかけられて、心臓が跳ね上がった。まさか話しかけられるなんて思わなかったのだ。私がどもりながら返事をすると、漣くんはニコッと笑ってお礼を言ってくれた。 「ありがとうございます!」 こちらこそ〜。 そう言いたくなるのをぐっと堪えて、私は次の仕事に取り掛かる。先ほどのメールに副所長から返事が来たので、その案件を進める作業に入るのだ。 「……あれ、どこだ?茨のやつ……」 視界の端で紺色の短い髪がひょこひょこと揺れるのが見えて、猫じゃらしよろしく私はそちらに目をやった。漣くんが副所長の机の中の何かを探している。 「えっと……どうかした?探し物?」 完全なる、完全なる善意でそう尋ねれば、漣くんが少し困ったように眉を寄せた。 「茨に次の現場に持ってこいって言われたファイルがあるんすけど、どれかわからなくて。青いファイルって、机の上にあるのどれも青いじゃないっすか…」 「あ〜……」 七種副所長は変なところ突然大雑把になるから……。と彼に同情すれば、漣くんが苦笑した。困った笑顔のはずなのにかわいい。何故だ。 「ありますよねぇそういうところ!まぁ仕方ねぇから電話してみます」 「あ、大丈夫。私分かります。きっと副所長が欲しいのこれですよ」 サイドデスクの上にある青いファイルの中を一応確認して漣くんに渡すと、パッと顔色を明るくした。慣れない事務所内でようやく目当てのものを見つけてホッとしたのだろう。 「まじすか!ありがとうございます!」 「いいえ。副所長が悪いよね」 副所長の事だから、漣くんが困ってるのを誰かが助けるだろうと思ったのだろう。こんなところも彼の思惑通りなのがなんとなく解せないが、漣くんの役に立てたということでチャラにしよう。 「ありがとうございました。仕事中邪魔してすんません」 「ううんちっとも。……あ、そうだ。これ持ってって」 私は自分のデスクの中のプロテインバーを2本、漣くんに渡した。得意先から大量にもらったという営業さんからもらったのだが、食べ切れなくて困っていたのである。 「えっ?!あ!プロテインバー!いいんすか?!」 「私いっぱい食べたから。ぜひどうぞ」 「わ〜!超嬉しいっす!ありがとうございます!!」 こちらこそ最高の笑顔をありがとうございます!などと内心で思いながら、私はううん。と努めて冷静に返事をした。 「次の仕事もがんばってください。応援してます」 「はい!その、頑張ります!」 プロテインバーがよほど嬉しかったのか、少しテンションの上がった漣くんは一度深く礼をしてから、これまた礼儀正しく事務所を出て行った。 「推せる〜」 そう呟いてデスクに座った瞬間、事務所に外線電話が私宛にきた。副所長かららしい。 「はい代わりました」 「お疲れ様です!ジュンにファイルは渡して頂けましたでしょうか?!」 案の定である。副所長は私辺りが手を貸すと思って漣くんに雑な情報しか与えなかったのだ。 「はい確かに」 「ありがとうございます!いやぁ助かりますなぁ!」 「いえ〜。こちらこそありがとうございます」 「?」 しまった。漣くんと沢山話せた事をなぜか副所長にお礼してしまった。 間接的には副所長のおかげだが、なんとなくシャクだ。また会えたらいいな。という淡い期待を胸に、今日も私は仕事を片付けるのである。 後日、漣くんがプロテインバーのお礼にとわざわざ私にチョコレートを持って来てくれて、私が内心で狂喜乱舞するのはそれから数日後の話。 [prev][next] [Back] |