TOP > 更新履歴 > 記事 英智と花見デート 2025/11/04 20:11 4月某日。挨拶もそこそこに彼である英智くんからこんな電話が来た。 「花見?」 「花見」 もうしたかい?と聞かれたけれど、私はううん。と電話越しだから見えないのに首を横に振った。確かに今年はまだしてないな…。と思考を飛ばしているうちに、電話越しの英智くんは私の返答も待たずにとてもいい声で言った。 「僕明日から休みで少し実家に帰っていてね。うちに立派な桜の木があるから一緒に花見でもどうかと思ったんだ。お家デートのお誘いだよ」 私はぼんやりと、お家、なんて平凡な言葉が似合わない大きな大きな天祥院の本家を思い出す。確かに中庭に立派な桜の木があったような気がした。あそこなら英智くんの部屋からでも見れるし、例え天気が悪くても花見が楽しめるだろう。何より久々に英智くんに会えるのなら、あの大きすぎて肩身の狭くなる家に行くのも苦ではない。 「わかった。明日お伺いするよ。お家デートだね」 「よかった。待ってるよ」 食事はこちらで用意すると英智くんが言うので私は丁寧にお礼だけ言って、大体の時間を伝えて電話を切った。英智くんの食事事情は大変繊細なので、私が無理に用意して体調を崩すくらいなら全部甘えた方がいいのである。 「会うの、久しぶりだな…」 ポツリと呟いてから、私はスケジュールアプリをそっと開いた。おそらく彼に最後に会ったのは4ヶ月前である。久しぶりに会えるのが嬉しいけれど、体調は大丈夫なのか少し心配だ。身体が弱いのに、彼はいつも忙しい。 しかし身体の健康も大事だが心の健康も大切だ。明日はとりあえず英智くんが疲れない程度に楽しむ事を決めて、私はその日の仕事を終えたのである。 次の日、春特有の土の香りがむわっと舞うような小雨の中私は天祥院家を訪ねるべく家を出た。降る、というよりは積もる、と言った方が嵌まりそうなくらいの速度で降る細かい雨は一体私と英智くんどちらを困らせたかったのかは知らないが、外で花見は止めろと言わんばかりにサラサラ音を立てて地面を満遍なく濡らしていく。 「多分私じゃないな」 信号を待ちながら無意識に呟いた。基本私は晴女なので、恐らくこの雨は英智くんの雨男要素が勝ってしまったろうな。なんて考えていたら、私の家の最寄駅に見慣れた高級車が停まっていた。平凡な駅には似つかわしくないそれは、確実に天祥院の家の車である。この雨の中、運転手さんは傘を差しながら恐らく私を待っている。英智くんに言われてわざわざ来てくれたのだろうか。 「あの〜…こんにちは」 「これは。お待ちしておりました」 「わざわざすみません。ありがとうございます」 「英智様のご指示です」 やはり。多分雨だから迎えに行ってあげて。とでも言ったのだろう。家の前に横付けしないのは運転手さんの気遣いだ。こんな高級車がマンションの前に停まってたらまず怪しがられる。 さっさと車に乗り込み、車の窓を濡らしていく雨を見つめていると、英智くんから電話が来た。すみません、と運転手さんに小さく謝ってから出ると、英智くんのいつもより元気そうな声が聞こえてきた。 「車乗れたかい?」 「うん。わざわざありがとう」 「生憎の雨だからね。残念だけど僕の部屋から桜は見えるからお花見は決行だよ」 英智くんは雨天決行!ってやつだね。とよく分からないネタを持ってきたので軽く笑ってそれをスルーすると、そういえば、と話題を自ら変えてきた。 「今お腹空いてるかい?」 「うん。お弁当いっぱい食べるからよろしくねってシェフに言っておいて」 「仰せのままに。本当に全く遠慮がない所、愛してるよ」 「それ本当に愛してるの…?まぁいいや。シェフによろしく」 それじゃあ後で。と電話を切り、もう一度運転手さんにすみません。と言ってからは、丁寧な運転にウトウトしながら英智くんの家に向かったのである。 「いらっしゃい。待ってたよ」 「お邪魔します。…はい、これお土産」 さすがに彼の家に行ってお土産を何も持っていかないなんていうことが出来るほど図太くないので、昨日帰りに買っておいた有名なカステラ店のカステラを買っておいた。これなら以前英智くんが食べていたので問題ないだろう。 「あ、ここのカステラ美味しいよね。気を使わせてしまってごめん」 「いやこれ以外何にも持ってきてないし…」 「君が来てくれただけで何もいらないよ」 「まぁね〜」 「……でしょ?とか、そうだよね!とかなら多少図々しくても可愛いのに。まぁね〜って一番可愛くない言葉を選ぶ所が君だよね」 「うそ、ちょっと照れてたのに届かなかった」 まぁね〜。と、私の真似をしながら英智くんが楽しそうに言うと、私の肩をサッと抱いて部屋まで案内してくれた。相変わらず天祥院のお家はドラマみたいなメイドさんや執事さんがいっぱいでこちらがいっぱいいっぱいである。 「今日おじさんとおばさんは…」 「両親かい?出かけているよ。大丈夫」 「そ、そう…よろしくお伝えください」 「君、何故両親の前だと借りてきた猫みたいになるのかな?」 「普通そうなるよ」 いずれお義父さんお義母さんになる人達かもしれないと思うと緊張しないわけがないのに、そういう所はイマイチ彼には届かない。逆にうちの場合、緊張するのは英智くんではなく私のお父さんとお母さんだけれど。 そんな事を長々と話していたら、ようやく英智くんの部屋に着いた。相変わらず整っていて広くていい匂いがする部屋である。 「ほら、ここからなら桜がよく見えると思って昨日ソファをずらしてもらったんだ」 「うわ〜、桜を真上から見下ろしながらお花見ってどういう事」 大きなガラス窓の方を向いた豪奢なソファとローテーブルはお花見用に設置してくれたらしい。世の人々は安っぽいレジャーシートで桜を真下から見上げてやるのに何故こうもスケールが違うんだ…。と思いながらも大人しくソファに座る。タイミングよくシェフの方がお弁当を持ってきてくれた。すごい細工の綺麗な重箱にはお正月のおせち並みに豪華なおかずが所狭しと並んでいる。 「う、うわ〜!!美味しそう!!」 「途端に元気になって何よりだよ」 「た、たべていい?!」 執事さんがいつもは紅茶を淹れる所、緑茶を淹れてくれた辺りから私の胃袋は急激に動きを活発にしている。するとシェフの方がお待ち下さい。と私を制してくる。なんだ?と彼を見ると、アルミホイルに包まった少し小さめのおにぎりを4つ出してきた。素朴な感じがなんとなく違和感だが、それはそれで最高のチョイスだ。私はお礼を言いながらそれを受け取ると、英智くんがポツリと言った。 「あ、ありがとうござ…」 「それ、僕が握ったんだ」 「えっ?!」 あの天祥院英智が!おにぎりを?! 「うっうそ!」 「嘘吐いてどうするんだい」 「す、すごい!えっどうしたの?!すごく嬉しいけど!」 「……なんとなく、君が喜ぶかなって」 「嬉しいよ!!え〜食べるの勿体ない〜!」 まさか彼がそんな労力を割いてくれたなんて、ていうか初めての経験なのではないだろうか。嬉しすぎる。シェフには申し訳ないけれど、高級なおかずたちよりも100倍くらい嬉しい。 「中身はなに?」 「食べてからのお楽しみだよ。はい」 彼はそう言うとおにぎりを4つの内3つ私に渡してくれた。 「あれっ私3つもらっていいの?」 「君お腹空いてるって言ってたから」 「あ、あれはそういうことだったのね。英智くん足りる?」 「うん」 なら遠慮なく!と食べようとして、私はどこか嬉しそうに頬を緩めている英智くんを見て何とも言えない、強いて言えばキューン、という効果音が一番正しい感情を持て余しながら、隣に座る英智くんの頬に、口に食べ物を詰め込む前にちゅっとキスをした。 「わ、びっくりした」 「ありがとう。本当に嬉しいよ」 照れ臭くなって笑ってごまかすと、彼も同じく口に食べ物を入れる前にとなかなかえげつないキスをしてきたので、ほんの少しだけ食欲が低下したのはまた別の話だ。 「デザートにもらったカステラ食べようか。入るでしょう?」 「勿論」 「君、胃袋も強いよね。一周回って惚れ惚れするな」 「おにぎり本当に美味しかったよ。また今度作ってね」 「そうだね。結構楽しかったからまた今度」 「いいね〜!一緒にやろう」 うん。と笑う英智くんは子どものようにかわいい笑顔で、私はまたその笑顔に絆されるのだった。 ちなみに執事さんがカステラを少し切って持ってきてくれたのだが、私の皿には3切れ、英智くんの皿には1切れ乗っていた。さすがである。 [prev][next] [Back] |