TOP > 更新履歴 > 記事 吸血鬼零が少女を飼う 2025/11/04 20:11 あ〜あ、食べちゃった。 内心他人事のような感想を口に含みながら、零は自身のベッドでぐったりと眠る少女に視線を落とした。 上半身の衣服は先ほど零が剥いだので血の気のない青白い背中を零に向けたまま、この肌寒い夜の空気に震えることもなく、ぴくりとも動かない。 赤い血の滲んだ肩口が、その青白い背中に映えていた。先ほどは思わず深く噛みついたけれど、吸血鬼が牙を抜くと自然と出血は止まる。噛みつかれた側はただ赤い牙の痕が残るだけだ。零は手を伸ばし、まだ乾いていない傷口触れる。肩口に残る赤い点が二つ。指を這わせると、滲んでいた血が白い肌に伸びていった。 「……」 親指についた血液を、零は一舐めした。舌に残るエグみと血液特有の香りが、零の喉元を微かに通り過ぎていく。 「ウェッ」 思わずえづいた。零は吸血鬼といえど血液の味が好きなのではないのだ。けれど味を受け付けない味覚に反して零の細胞は隅から隅まで喜んでいる。夜であるにも関わらず視界は拓け、肌が粟立った。その感覚こそが、零が正真正銘の吸血鬼である証なのである。 夜が深い森の、崖にそびえる古い城。零は長い間、そこに一人で住んでいた。血液などなくても自然の生命力を吸えば生きていけるし、時折狼にでもありつけばその辺りはどうにでもなる。 しかしここ数十年の間にこの城の在処が人間に知られてしまい、勝手に忍び込んでは美術品を盗んで行く人間を懲らしめついでにちょっとばかり血をもらって生きる、その程度のことだった。 今回も若い男が勝手に城に盗みに入ったので、城の地下牢に閉じこめておいたらその男の妹と名乗る娘が兄の解放を求めてきたのだ。盗品も返す。何か要求があるなら私が。と、言ってきたので、なら娘が代わりにこの城に残れと言ってみた。完全に暇つぶしの気まぐれである。そもそも兄ならば、妹がそんな目に遭うのを見過ごすはずがないと思ったのだ。自分の弟の顔を思い出しながら零は兄妹にそう言った。 すると兄はさっさと妹を置いて逃げ帰って行ったのである。さすがの零も開いた口が塞がらなかった。 失望した。薄情な男に、というより人間たちの家族関係の希薄さにである。 結果どうでもよくなって娘の血液でも味わっておくかとばかりに服を剥いで噛みついて、血を啜ってみた。舌に絡む不快な味はどの人間も変わらずだが、彼女の皮膚を牙が突き破る感覚と、泣くのを我慢してじっとしていた娘の度胸は、なんとなく気に入った。 くしゅん、と、娘がくしゃみをしたので、零は慌てて布団を掛けてやる。布団の上からぽんぽんと彼女の肩をあやすようにたたいてみると、娘は目を覚ました。一度もぞもぞと寝返りを打って、零と目を合わせる。まだ貧血気味なのか、ぼんやりとした視線が零とかち合う。 「おはよう嬢ちゃん。気分はどうかのう?」 「……」 素肌がシーツにこすれる感覚で、自分の上半身が裸であることに気が付いたのだろう。すぽっと布団の中に納まってから、娘はもう一度零を見る。 「どうした?」 「あの……私、生きてますか?」 「生きておるよ」 血を吸われたのに?と言わんばかりに目を丸くした娘の髪を、零は無意識に撫でた。手入れが煩雑な髪をちょいちょい、と弄ぶように摘まむ。 「なんで、でしょうか」 「致死量まで飲んでないからのう。人間は自然に血液を作り出すことが出来るんじゃろ?寝ておればまた元気になる」 「そうですか」 どこか他人事な様子の娘は投げやりなようにも見える。しかし少しの沈黙の後、娘は声を震わせて言った。 「あの、私を殺すおつもりでしたら今、殺してほしいです」 「は?」 声の震えが大きくなっていく。意識がはっきりして、自分の立場や運命が彼女なりに見えてきたのだろう。盗みに入った兄の身代わりに人質ないしは生け贄にされた自分の運命を。 「血がほしいとおっしゃるなら、いくらでも差し上げます。なので、飢えて死ぬとか、そういうものの前に」 殺してほしいと、娘は言った。彼女は飢えの恐怖を知っているのだろうか。思えば娘はやせ細っているのに、兄はよく肥え太っていた。 「逃がした男は、本当におぬしの兄なのか?」 「……孤児の私を引き取ってくれた、恩のある家なんです」 「なるほど」 話が読めた。こんな所まで妹が身代わりにくるのも、おかしな話ではあったのだ。 長く長く生きている零に、ふと気まぐれな気持ちが湧いた。長い人生の中、人間を飼ってみるのもおもしろいかもしれない。 「じゃあ別に家に返す必要はないのう。おぬしは身代わりをまっとうするんじゃな」 ぎゅ、と娘が強く目を閉じた。布団を掴む手に力を入れている。力が入っているせいで真っ白になっている指先を、零の冷たい指先でほどく。彼女の肩が跳ね上がった。 「ほら、布団邪魔だから」 「あの、裸……」 「もう既に見ちゃったので遅い。ちなみに我輩そういう欲あんまりないタイプの吸血鬼じゃから安心せいよ」 娘の体を無理矢理起こすと、必死に胸元を隠す為に両手を使ってしまった娘の首筋はあまりにも無防備だった。そのまま二の腕を掴んで押さえて、先ほど噛まなかった逆方向の首筋に軽く噛みついて、滲んできた血液をすすった。 「……!!」 「ふふ、」 一説によると、吸血鬼に血を吸われる感覚は、想像を絶する快感を人間に与えるという。零はいつだって吸う側のことしかわからないが、だんだんと酩酊状態になるくらい細胞に馴染む血液を飲んだのは、生まれて初めてだった。 一度牙を抜いて、零は娘の顔を見る。既に貧血状態であるはずの娘は顔色こそ悪いものの、潤んだ瞳は劣情を催していた。胸元を隠すのを忘れ、手は零の服を力なく掴んでいる。庇護欲と飼育欲と肉欲が一気に襲ってきて、零は何かに耐えるように目を細めた。 「……前言撤回しようかのう」 そういう欲があんまりないタイプの吸血鬼なのは嘘かも。牙の跡を丁寧に舐めとってから、零はだんだんとハイになる思考で彼女の柔い肌をそっと指でなぞった。 [prev][next] [Back] |