TOP > 更新履歴 > 記事

茨にメイド服着てもらう
2025/11/04 20:18

 あいつやばい!ど変態じゃねーか!
 いい加減うんざりだ!なんであいつの癖(へき)に俺が付き合わなきゃなんないんだよ!

 何度心の中で彼女への罵詈雑言を吐いたところで、今自分が手にしている服を着なければならない現実から逃げられるはずもない。茨は彼女の家、脱衣所で深い深いため息を吐きながら黒いワンピースのボタンを外して羽織った。ゴソゴソと衣擦れの音を聞きながら、意識ではつい先日の事を思い出す。普段なら反芻してしまうと仕事の事やら何やらが頭に入ってこなくなるくらい甘ったるくて、それを甘く感じる自分が信じられないから思い出さないようにしているけれど、今回ばかりはそうもいかなかった。

 あの時耳元であんな事を囁かれなければと後悔してももう遅い。勝負ごととなると負けず嫌いが出てしまう自分が、そしてこちらの「弱点」を知り尽くしている彼女が憎い。

「くそ、ボタン止まんないんだけど」

 ボタンタイプのブラウスワンピースは、残念ながら上から三番目のボタンがきつくて止まらなかった。彼女が概算でサイズを選んだからだろう。

 あいつ俺の胸板ナメてんのか、と内心悪態をついたが、残念ながらワンピースの上に装着する真っ白なエプロンドレスで隠れる範囲だったので結果的に特に問題はなかった。

 今度は袋に入っている付属品のヘッドドレスを着けてみる。真っ白なドレープが美しいそのヘッドドレスは彼女がメイクをしたとはいえ、男の自分が着けると普通に吐き気がする。どう見てもただの女装変態男で、本当に彼女はこんな彼氏の姿が見たいのかと疑問がグツグツとマグマのように溢れ出してくる。

「あ〜、ここから出たくない」

 茨は洗面所の前でしゃがみ込んだけれどこれは前回彼女の家に来た時、勝負に負けた自分の責任である。

 負けた方がなんでも一つ言うことを聞くということで始まった真夜中の勝負、つい不意打ちで名前を呼ばれながら「好き」と囁かれたせいで先に達したのは茨で、勝ったのは彼女だった。情けない敗因だったけれど、その時だけは確かに幸福を感じていた、気もする。

 しかし彼女からの提案は「今度うちに来た時メイドさんコスプレして」というもので、更には衣装まで用意していたのだから、あまりにも用意周到過ぎる。
 俺の彼女変態じゃん。マジで。とドン引いた所で仕方がない。生憎ともし自分が勝ったとしても大体似たような要望を叶えてもらっていたと思うので、変な所似た物同士なのが余計に腹が立つ。

「茨さ〜ん。準備できた?」

 既に茨「くん」から茨「さん」に呼び方が変わってるのが非常に腹立たしい。
ちょうどストッキングをガーターベルトで留めて女装が完成してしまったので脱衣所から出ようと茨は扉に手を掛けた。が、そこから動けない。

 チラリと振り返り、洗面所の鏡を見る。ブラウン系の落ち着いたアイシャドウに、シルバーのラメが黒目の上でキラキラ光る。オレンジベージュのリップはプランプ効果がある物だからか、現在進行形でスースーとしており、チークはシャープに入れたので絶妙にバランスが取れている。

「……チッ」

 無駄に化粧の上手い彼女に聞こえないように舌打ちをした。これでゴリゴリに浮くような女性向けメイクをしてくれればまだ罰ゲーム感も増したというのに、いやに馴染んでいる。

「私のメイドの茨さ〜ん?」

 むかつく。「私の」なんて付けられると、屈辱的なセリフなはずなのに微妙にときめいてしまう。ええい、地雷原を銃火器を持って走り抜けるよりもいいじゃないか。大叔父さんに三階から放り投げられた時よりも遥かに命の危険性はない。命さえ取られなければこっちのものだ。

 と、茨は観念して脱衣所の扉を開ける。下半身のスースーぶりと唇に塗ったリッププランパーのスースーぶりが拍車を掛けて茨に絶望感を投げつけてくる、が、彼女と目が合った瞬間、そんなのどうでもよくなった。
 否、よくなったのではない。それどころではなくなった。

「〜〜〜〜!!」
「……」

 彼女は上から下まで満遍なく茨を見てから、形容し難い表情で茨を見た。嫌悪ではない。いっそ、嫌悪であった方が良かったかもしれない。

 彼女はもはや恍惚としたような顔で、茨を見ているではないか。手が気持ち悪い。ワキワキと動いている。触るなら触ればいいのに、何故か指を動かすだけで触っても来ない。口がだらしなく開いてるせいでそのままよだれでも垂らしそうである。流石に少し、茨は引いた。

「かっ、かわっ、かわいっ、うそっ、きれいっかわいいえっなに?!夢かな?」
「夢です夢夢。はい早く寝ましょうそんで暫く起きてくんな」
「やだ〜!!」

 無理やり寝かせてしまおうと彼女の腕を引くと、一体どこでそんな力を蓄えているのかと思うような力で反抗された。止まっていない第三ボタンからシャツが破れそうなので、茨は大人しく腕を引くのをやめた。そして改めて彼女と目を合わせる。

「……」
「……かっわいい。えっ、こっち見てる?見ないで!……あっ、だめ!こっち見て!」

 普段ならこれだけ見つめていると照れ出すというのに、今日の彼女は茨が初めて見る顔ばかりする。居た堪れなくなって茨から目を逸らしたら、無理やり視界に入ってきた。正直そのキラキラした目は非常にかわいいが、自分の姿がそれを堪能するに適していない。スカートだし、ストッキングだし、フルメイクだし。

「私のメイドさん……」
「あ〜はいはいあんたのメイドさんですね〜よかったですね幸いです」
「メイドさん、私のお願い聞いてくれる?」
「えっ」

 突如抱きつかれて、素の声を漏らしてしまった。まずい、スカートのせいで反応すると隠しようがない。などと考えながら彼女の柔い体の感触を脳細胞から散らしていると、チラッと上目遣いの彼女が言った。

「ご飯作って、あ〜んして食べさせて?」
「……は、」

 クソ!クソ!クソ!この女!突然可愛い事言いやがって!!

 つい興奮ゆえに、それと冷蔵庫に材料があったからと麻婆豆腐なんて作ってしまったせいで、熱々の麻婆豆腐に「あつっ!あつい!!」なんて泣く彼女に茨が余計にゾクゾクしてしまったのは、また別のお話。



[prev][next]
[Back]

Copyright (C) 2016 PB All Rights Reserved.