TOP > 更新履歴 > 記事 日和の貴族新婚パロ 2025/11/04 20:18 お嬢さまという生き物は常に優雅でお上品であり、お花畑で美味しい紅茶を飲みながら過ごしているので色恋沙汰に免疫なんて無い。 なんて言ってる人いたら、私はきっとその場で絶句してから大声で笑ってしまうだろう。物語の中に帰って、その空想を大切にして欲しいとさえ思ってしまうかもしれない。 「あなた、巴家の日和さまとご結婚されたとか」 社交の場で不躾にもいきなり話しかけてきたのは、以前なら私の家の位の低さを嘲笑し、こちらに視線すら向けてこなかったご令嬢だ。外聞上無視するわけにもいかない立場になった私は「ごきげんよう」と挨拶をしてから「えぇ、まぁ」と曖昧な返事をする。するとその人はなぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、きつい香水の香りと共に近づいてきて私にそっと耳打ちしてきた。 「あなたの旦那さまになった巴家の日和さま、お元気でいらっしゃる?」 「えぇ、本日もここに。公爵にご挨拶に伺っているのですが……」 そう言うと、ご令嬢は「構いませんわ。未練を呼び覚ましてしまっては大変ですから」と彼女なりの澄ました顔で言う。私はというと、彼女の真意がわからなくてつい首を傾げたが、その後の言葉のあまりの下品さに、顔を歪めざるを得なかった。 「日和さま、普段は太陽のように朗らかですけれど床の上だととてもお静かでいらっしゃるでしょう?少し冷たいくらいの視線が心地よいですわよね」 絶句した。まさかご令嬢の口からそんな下ネタが飛び出てくるなんて。私が困って苦笑していると、彼女は何を勘違いしたのか「あぁ、」と全てを理解したような相槌を打ちながら、更に最低な事を吐く。 「もしかして同衾もまだ、ですとか?ご結婚は家同士で決めるものですものね。仕方ありません」 「……え?」 「日和さまにお伝えくださいな。よかったら私はいつでもお相手致しますわ、と」 では。と所作だけは美しいお辞儀をして、そのご令嬢は去っていくのを、私はぼんやりと眺めていた。 貴族間では浮気、不倫は正直な所ありふれていて、みんな暗黙の了解として容認している節もある。そういう文化なのだ。私の両親はそういう事を毛嫌いする人たちだったので、私にもそんな事は絶対にするなと教えてきたし、私もそう思うので興味も無いけれど。 それにしても妻に直接不倫宣言してくるのは流石にマナー違反である。きっと彼女は日和さんと結婚したかったのだろう。元々私の家が落ち目になる前から決まっていた結婚だからそのまま巴家と縁を結んだけれど、家同士で格差がある分彼女は余計に納得がいっていないのかもしれない。 ただ二つ、私が言える事といえば、私と日和さんの結婚に彼女は全く関係がなく、首を突っ込んでくる隙間なんてないということと…… 「あっいたいた!もう、探しちゃったね」 「日和さん」 「ご挨拶は終わった?」 「はい」 一つ頷くと、日和さんは自然に私の腰を抱いた。そのままそっと耳元で話しかけてくる。わざとくすぐったくなるような声で話す辺り、絶対に確信犯である。 「じゃあ……もう今日は帰ろうね」 いいよね?と言いながら、彼がもう片方の手で私の手を握り指を絡めてくる。人が近くにいないのをいいことに、耳たぶを甘く噛んできた。そのまま軽く息を吹きかけられて、ついビクッと体が反応してしまう。それに気をよくしたのか、日和さんが耳元でくすくすと笑った。 「、だめですよ。人がいます」 「ね?帰ろう?」 おねがい。と、彼は甘えた声で言う。結婚してから一度も、私は日和さんのおねだりに勝てたことがない。彼はいつもは奔放ながらも決断力に富み、礼儀正しくて誰にでも柔らかく朗らか。貴族のなんたるかを体現している素晴らしい人だけれど、いざ二人きりになるとこうしてどこまでも甘えん坊になってしまうのだということをあのご令嬢に伝えて、懇切丁寧に訂正したい。 『普段は朗らかですけれど床の上だととてもお静かでいらっしゃるでしょう?少し冷たいくらいの視線が心地よいですわよね』 先ほどご令嬢が言っていた言葉を、私は不意に思い出していた。 あの後馬車を走らせて建てたばかりの屋敷に帰り、執事たちへの挨拶もほどほどにベッドに倒れ込んだ私たちは二度三度と口づけを交わしてからは、もうどうにもならない空気に流されるしかなかった。 ランプを一つだけ点けた薄暗い部屋で互いの吐息が絡み合う空気は最近知ったものだけれど、既に味を占めた私たちは私生活にもほんの少しだけ支障をきたしている。 そう、貴族にとっては大事な社交の場も最低限の挨拶を済ませて途中で辞すくらい、最近の日和さんはあまりにも余裕がない。 「すき、すき……っ、ね、きみも?きみもぼくのこと、すき?」 「すきです、すき、です」 「ぼくも、ぼくも大すき……っ、きみが、すき」 もっともっととねだってくる日和さんの甘ったるいほどの愛を受け止めるのは少しだけ大変だけれど、それ以上に嬉しい。先ほどの令嬢は牽制と私を貶めるつもりであんな事を言ったのだろうけれど私からしたら、私だけがいかに彼に愛されているかを再認識しただけなのだった。 「ねぇもう一回だけ、お願い」 「えっと……」 「きみがすごくすごくかわいくて、全然足りないね。ごめんね。つらい?」 「いいえ。大丈夫です」 「ほんとう?ぼくのこと、すき?」 「はい。大好きですよ」 「ぼくも……」 今の所、日和さんのかわいいおねだりを拒否出来た夜はない。こんなに強い熱量の愛情を一身に受けるのは身に余る光栄だけれど、冷たい瞳で女性を抱く日和さんというのもなんとなく見てみたいような気がしたが、いつまでもこんな風に求められる事の方が嬉しいから、私は黙っておくことにする。 少し汗ばむ腕で、思い切り抱きつかれた。それが嬉しくて少し笑うと、彼が甘えるように、私の耳を食む。そっとお腹を撫でてくる手は先ほどのような激しさは淡くなり、とても優しい。 「無理させてごめんね、ぼく、きみのことになるとちょっとだけ余裕がなくなるね」 「ちょっと、なんですね……」 残念ながら私はしばらくそんな瞳を、見られそうにない。 [prev][next] [Back] |