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茨と酔っ払いの彼女
2025/11/04 20:21

 帰ってきた瞬間茨は「まずい」と察した。彼女の家の玄関の扉を開くと、あまりにも不意打ちだったせいで茨は思わず「うっ」と呻く。

「おかえり〜」
「た、ただいま……」
「待ってたよ!」
「そうですか。どうも」

 既にでろんと溶けそうな表情の彼女の表情と、やや舌っ足らずな彼女の口調に嫌な予感がして思わず玄関にぺったりと座り込む彼女から視線を外せば、いつもはさしてそんなことに気にも留めない彼女がむすっと眉間にしわを寄せた。

「なんで目線逸らすの?」
「いえ。見てはいけないものを見ているような気がしまして……」

 なにそれ!と言いながら、今度は彼女がコロコロと笑い始めた。ひとまず互いに現状を確認するべく、その言葉を口に乗せる。

「あなた、酔ってますね?」
「当たり〜!!」

 厄介だ。茨は帰宅早々頭を抱えた。
 彼女は特に酒が弱いわけでもない。ただひたすらにかまいたがりに甘えたがりになるのである。そうなると厄介事を増やさないように外では飲んでほしくないものだが、不思議なことに彼女は外で飲んだらシャンとしたまま帰ってくるのだ。彼女曰く「家だと気が緩む」とのことだか、気がゆるみ過ぎだと思わず苦言を呈したくなるほど今の彼女は隙が多いのである。

「ごめんねぇ茨くんのこと待たずに飲んでごめんねぇ」
「いやいいけど、ちょっと、はなせ」
「いやです〜」

 思わず舌打ちをしそうになったけれど、なぜか腰にぎゅっとしがみつかれてつい身体の力が抜けそうになる。が、ぐっと耐えた。ただでさえ彼女の側にいると自分のペースを乱されがちなのに、酔った彼女を御せる自信はあいにくと自分にはない。どうしたらいいかわからなくて動揺を隠すように彼女を引きはがすと、彼女はやはりむくれるように唸ってから離すまいと茨の服を掴んだ。

「なんでそんな酔ってるんです?」
「おいしいお酒もらったの」
「誰から」
「会社の人」

 ふぅん。と茨は視線を逸らして今し方抱いた刹那的な感情を隠す。会社の人間にもらった?酒を?それは一体誰で、どんな奴で、年齢は?性別は?彼女とはどういった関係でどういう交遊関係を持ち、どういった経緯でそんな酒をもらったというのだ。   

 気になりだしたら止まらなくなりそうで、茨は一度深く瞬きをすることによってその感情と沢山の疑問符を沈め込む。つい彼女のことになると狭量になる自分がいて、それがまた自覚があるものだから厄介なのだ。

 そんな感情は彼女には知られてたまるものかと無理矢理負の感情をねじ伏せた茨だったけれど、すぐ近くでにこりと笑った彼女はさも今の茨の心の声が漏れ聞こえていたかのように話し始める。

「あのねぇ、お酒は会社の先輩にちょっとした結婚祝いを送ったからそのお返しでもらったの。先輩のご実家の近くにある酒屋さんにおいしい果実酒があるらしくてねぇ、すごいおいしい!初めて飲んだの!」
「べつに聞いてないんで」

 先ほどの心の中にわずかに抱えた、もやもやとした疑問に対して彼女がそっくりそのまま欲しかった言葉を返答してきたのもなんとなく腹が立って、茨は彼女を追い越しようやく玄関から家の中に入った。リビングのテーブルを見ると、彼女の現状を作り出した件の果実酒の瓶は、ふたが空いたままぽつんと佇んでいた。確かにこの辺りでは見ないパッケージである。

 茨はそれを横目で見ながら部屋着に着替えると、リビングで陽気に鼻歌を歌っているらしい彼女の元へと戻った。頬に掛かっている煩わしい髪を無造作に束ねると、突如真正面からドスンと衝撃をくらう。そっとやや下を見るとやはり彼女が抱きついていた。

「なんですか?」
「仕事疲れた?ごはんは?」
「食べますが」
「お酒は?」
「いりません」

 なんで〜?とぎゅうぎゅう抱きついてくる彼女に茨は人知れずため息を吐く。正直対応が面倒なのもあるが抱きつかれている柔い感触が先ほどよりも、よりリアルである。よからぬ方に思考が行きそうだったので、それをため息で吹き飛ばした。

「ん?なんか茨くん、太った?」
「は?」

 不本意な言葉を述べた彼女の頭を睨むと、抱きついた腕を離した彼女は突然茨の部屋着をめくり上げた。めくり上げて、脇腹から腹筋にかけてをベタベタと触り始める。

「前会った時こんなにガッシリしてた?腹筋の線太い!えっ、ちょ、おっぱいある!」
「ねぇよ!」

 今日の彼女は見事に茨の神経を逆撫でしてくるスタイルのようである。ぺたぺたと人の胸を触ってくる彼女に内心同じことをしてやろうかと考えながら、茨はそれほど彼女と会うのが久しいのだと痛感した。

 確かに最近は出演するドラマの関係で一気に体作りをしたので、以前会った時よりも筋肉量が増えている。それにすぐ気がついてくれたのが嬉しい、などとは口が裂けても言えない。もちろん照れもあるが、彼女は酒を飲むと無駄に大胆なのでその勢いに乗ると面倒な事になるのだ。

「あっ、ちょっと、やめなさ……、やめろ!」

 そうこうしてるうちに彼女の中にも何かが灯ったのだろう。部屋着をめくった茨の胸元に一度軽く唇を落とすと、ちらとこちらを見つめてくる。

「あーもう!俺は腹減ってるんだってば!」

 口ではそう言いつつも、彼女の身体をあっさり抱えた茨は腹立たしげにリビングを出て、寝室の扉を乱暴に蹴り開けた。



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