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なずなを押し倒す
2025/11/04 20:30

「いやほんと、彼氏押し倒すとなんかシャレにならないんだよね」

 友達と通話しながら飲んでいる時、ふとそんな事を言ってとある事を相談してみたけれど、肝心の彼の事を詳細に伝えられない身としては結局ぼんやりとしたアドバイスという名の相槌しかもらえず、友達の言が参考になった事は申し訳ない事に少ない。けれど話を聞いてもらえるだけで救われた気持ちになるので、ついつい話してしまう私も私なのだ。

「シャレにならないとかそんなことないでしょ〜。向こうだって絶対嬉しいって!ていうかあんたの彼氏、身長低めでかわいい系って、まさか中学生とかじゃないよね?!」

 違う。違うけれど私は悩んでいた。悩むというか、葛藤していた。
 身長が低めなのは気にしたことがないし、彼の職業上大っぴらに私との関係を言えない事も、あまり周囲にプライベートな事を拡散して話したくない私からしたら好都合だ。

 私たちは同い年だし関係も恋人同士だから何も問題はない。ないはずなのに想像しただけで頭をよぎる謎の罪悪感はなんなのだろうかとまた葛藤する。

 それも仕方ないのかもしれない。私の彼氏は、往々に可愛すぎるのである。
 友人に相談した内容は私の彼氏が可愛すぎるあまり、私が押し倒すとシャレにならなくてどうしようという端から聞いたらただの惚気、でも私は本気で悩んでいる、所詮贅沢ゆえに理解に恵まれない悩みなのである。


「なぁ、どうかしたのか?」
「ん?」
「おれの顔じーっと見て、なんだよ。どうかしたのか?」

 後日、なずなくんが家に来たので、私はちょうど友人に相談していた内容をリフレインしていた。じっとこちらを見る赤い瞳は今日もまん丸で、瞬きをするたびに長いまつ毛がはたはたと動く。地毛が金色だから本来は黒髪の人よりまつ毛が目立たないはずなのに、なずなくんのまつ毛は主張が激しい。長いまつ毛は影を落としそうなほどで、彼の問いに答えないまま私はまたうっかりと顔を凝視した。

 美人は3日で飽きるとか妄言吐いたのは誰だ。飽きる自信がなさすぎる。

「お〜い、返事しろ〜」

 目の前でひらひらを手を振られてようやくハッとすると、なずなくんは訝しげに目を細めた。雰囲気はかわいいけれど、彼の顔の造形は本来美人寄りなので、目を細めると今度は綺麗でまた見惚れてしまいそうになる。

「ご、ごめんごめん!なずなくんまつ毛長いな〜て見てただけ!」
「そうか?」
「そうだよ。羨ましいな〜て見てたの。ごめんね顔じっと見て」

 そう言って少しだけ誤魔化すと、なずなくんはこてんと首を傾げた。可愛い仕草につい頬が緩んでしまいそうになるが、そこをグッと堪える。彼に可愛いと言いすぎると「おれだって男だ!」と拗ねてしまう事もあるのだ。勿論彼が男の人である事は百も承知なのだが、可愛いものは可愛いし、そんな所も好きなので大概である。

「一緒にのんびりできるの久しぶりだもんね。こんなに近くにいられたの久々だからつい凝視しちゃった!ごめんね!」

 そう言って誤魔化すと、なずなくんは白い頬を少し赤らめながら「へへ、」と照れたように笑った。その仕草と表情は本来女子として私が習得したいものだが、私が付け焼き刃でそんな事をした所で彼の天然物のそれには敵わない。

「おれもおまえに会えて嬉しい。最近忙しくて、放っておいてごめんな。寂しい思いさせてるのにこうして笑ってくれてありがと」

 よしよしと、なずなくんが私の頭を優しく撫でる。そう、彼は外見こそ可愛いの限界突破だが、中身は徹底的に男らしくてに〜ちゃんというあだ名にふさわしいくらいお兄ちゃんなのである。

「すき!」
「へ?うわ、わわ!」

 居ても立っても居られなくなって、私はなずなくんに思い切り抱きついた。抱きつくというよりはほぼタックルのような勢いでしがみつこうとして、二人してバランスを崩して倒れる。ベシャッとなずなくんを潰した私はすぐに我に返り、慌てて退こうと床に手をついた。身体を半分だけ起こす。

「ごめ、ごめんねなずなく……あ、」
「……」

 私の中で、友達との会話がまたリフレインする。可愛すぎる彼氏を押し倒すと、なんだかシャレにならない。犯罪臭がしない?という自問自答。答えは実践にて学んだ。犯罪臭!とか言って悩んだり笑ってる場合じゃない。心臓が破裂する。

「……ど、どく、ね。ごめん、あの」

 しどろもどろになって、一気に体温が上がった。私の腕によって床に縫い止められたような状態のなずなくんは頬が赤いのが恥ずかしいのか横を向き、チラリと視線だけで私を見た。長い金色のまつ毛と、少し潤んだ赤い瞳が流し目でこちらを見てくる強い色気にうっかりクラクラとしてくる。

「退いちゃうのか?」

 唇を尖らせて、なずなくんが言った。彼の手が視界の隅から伸びてきて耳をするする触ってくるので腕の力がわずかに抜け、顔が先ほどより近づいた所で後頭部を撫でてくる。指で髪をくすぐるように撫でられて、背筋がゾクゾクとしてくる。

「退く?」
「ど、どかない……」

 よし、いいぞ。と彼がそのまま後頭部を押して自分自身に私を近づける。唇が重なる直前で彼が長いまつ毛を伏せたので、引き寄せられるように私も目を閉じた。

 可愛すぎる彼を押し倒したらシャレにならない。なんて悩んでいたあの頃に教えてあげたい。シャレにならないのは確かだが、あなたが思っているシャレにならないとは全く別ベクトルの話だよ。という事を。



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