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レオは待てる
2025/11/04 20:57

 とうとう手に入れた!と、私は跳ねる心をそのまま口角に反映させながら、今しがた買ってきたものを鞄から取り出してパッケージを破いた。中から出てきたのは最近新発売したアイライナーで、ニュアンスメイクに挑戦したい私からしたら絶妙な色味のそれはずっと前からチェックしていたものである。

「明日楽しみだな〜」

 言わずもがな、そのアイライナーを使ったメイクがである。別にガラッと顔が変わるものではないが、やってみたかったメイクを試せるというのが何よりの楽しみだった。

「どうしたの?何が楽しみなんだ?」

 私の独り言を聞いていたであろうレオくんが、ポカンとした顔で言ってきた。そんな彼は今日の午前中にようやく楽曲を納品し、眠るだけ寝て今起きてきた感じだろう。テロテロの半ズボンは若干ずり落ち、中のボクサーパンツが見えている。

「新しい化粧品買ったから、メイク楽しみだなって」

 私は彼の質問にそう答えながら、ずり落ちそうなズボンのゴム部分を掴んで現状を教えてあげる。だが私しかいない場面でパンツがはみ出てようが気にしないレオくんは、一旦ズボンを上げたけど手を離したらまたずり落ちたのを放置した。彼のパンツなんて既に見慣れているのでもういいやと諦め、私はローテーブル前に座り込むとおしゃれなデザインのアイライナーを手の甲で試し書きしてみた。書き心地もいい感じで、ますます期待値が高まる。

「うん、やっぱいい色。楽しみ〜」
「そんなに楽しみなら今メイク落として試してみればいいじゃん」

 私の肩に顎を乗せながら手元を覗き込んでくるレオくんの髪が首元を触ってくすぐったい。無意識に首を傾けてそれを避けると、何を勘違いしたのかレオくんは余計身体を近づけてきた。嫌がられたと思ったのだろうか。

「いや、近い近い。暑い暑い」
「いいだろ!おれはくっつきたいのにおまえが逃げるから追っただけだ!」
「髪くすぐったいんだもん」

 包み隠さず本音を言うと、むー!と頬を子どものように膨らませたレオくんがぐりぐりと頭を押し付けてきた。レオくんの身体がより私の方に傾いて、二人して斜めになっていく。

「いやさりげなくおっぱい触らないでよ」
「手を置くところ、無かったんだもん」

 触るどころかボルダリングの最中に取っ掛かりを見つけたかのように鷲掴んできたので色気のカケラもない。いたた、なんて無意識に言うと、今度は優しく触ってきた。

「いや待ってよ。そっと触ればいいって事じゃないし……」

 仕事を終えて、バッチリ睡眠も取った今のレオくんが欲するものといえば食欲か性欲だろうなという予想はつくが、今はそのタイミングではない。私はまだ新しいアイライナーにウキウキしていたいのだ。

「ねぇ、今しないよね?私お腹空いたんだけど。新しい化粧品にまだワクワクしていたいんだけど」
「今はしないけど手が離れてくれない」
「言い訳がゴミ」

 そう言って彼を私から引っぺがすと、なぜかシュンとうなだれてしまった。残念ながら、私はレオくんのその顔に弱い。

「そんな顔したって私はご飯もお風呂も先がいいし、アイライナーにワクワクしてたいから」
「いいよ。おれは待てるもん」

 そうは言うけど、自身の顔がかわいい事に気付いているこの男は非常にしたたかかつ、本能に忠実なのだ。そしてそんな狡猾さを、私はたまらなく愛している。

「待てるの、いいこだね」
「だろ?ちゃんと待つからご褒美くれよ」

 あ〜、ずるいずるい。自分の顔がいいことを自覚していて、そんな顔を私が大好きであることも知っているのはずるい。

 私は買ったばかりのアイライナーをそっとポーチにしまって明日の活躍を期待すると共に、先ほど彼のズボンがずり落ちたせいで見えていたパンツをふと思い出していた。

 顔と同様で、パンツはイケメンなのだ。誘い方と態度は幼児だけど。そんなアンバランスな所も大好きで、私はそっと彼の半ズボンの裾から手を入れて、音もなく太ももを撫でた。

「えっその手、待たなくていいよって意味?」
「なんでわざわざ聞くの」

 今からでもいいよというサインをわざと仕草で示したのに、肝心なところでムードの作れない私の恋人である。



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