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ジュンのハイエナ王子パロ・1
2025/11/04 21:12

 獣人界と人間界の交流を図る為に、ひとまず獣人の王子と人間の小娘を結婚させて架け橋にしようだなんて、本当に国のお偉い方が考えたの?てくらい稚拙である。一人の獣人と一人の人間の自由を奪って得られる交流って何?くらい冷めた感覚の私は、なぜか突然立った白羽の矢に混乱でいっぱいだった。

 つまるところ、選ばれた。件の獣人の王子、通称ハイエナ王子の妻に。

「何で私なんですか?」

 突然家にやってきた王宮の人にそう聞くと、王様の家来っぽい人は恭しく礼をしてから静かに爆弾発言を落とす。

「あちらの王子からの要望でございます。あなたとすれ違った時、一目惚れをしたとのことで」
「えっ、いつすれ違ったの?!」

 隣の家まで聞こえるくらい大きな声で言っても、家来さんからはかしげた首の角度を頂戴することしか出来なかった。詳しいことは王宮の人たちも知らないらしい。

 決して獣人を差別しているわけではないが、純粋に知らない人との結婚なんて嫌だ。けれど両親も周囲も私をいやに祝福するものだからどうしても嫌だと言えず、とうとう私は単身、獣人の王子に嫁ぐことになったのだ。

「ご安心ください。獣人の方もあなたを迎える為にインフラ整備を万全にしたそうです。トイレは水洗ですよ」
「わ、私の為に?!」
「いえ、元々その辺りの知識と技術を提供しておりました」
「あ、そう……」

 トイレは水洗。ならいいやともうヤケクソで嫁いだ獣人の国。出迎えてくれたすぐ目先の未来の夫であるジュン王子の顔を見て、私はくるりと掌を返した。

「来てくれてありがとうございます!」
「かっこいい……」

 人懐っこそうな笑顔、しっかり引き締まった身体、かわいい尻尾と耳。何より顔が最高に好みだった。なんて男前の王子なのだろうと私が見惚れていると、ジュン王子は何か別の思考を感じ取ったのか私の手をそっと取った。鋭い爪で私の手を傷付けないように、少し不恰好に握ってくる。

「突然花嫁に選ばれて不安だと思います。けれどオレ、その、こっそり人間の国に遊びに行った時にあんたを見かけて好きになっちまって……不自由はさせないので、オレのこと嫌いにだけはならないでほしいです」

 なんて真っ直ぐな愛の言葉。既に嫌いどころか好きに振り切った私の恋心メーターは、随分お気楽なようである。
 こうして私の人生最大のイベントは、自分でも驚くほど幸福に進んだのである。


 そうしてめでたく結婚して一月が経った。生活は落ち着いてきて、トイレやお風呂の清潔さ、それから獣人の人たちの優しさにすっかり甘えている私も、夫であるジュンさんと近づく為に少しばかり勉強をすることにした。ジュンさんはハイエナの獣人というのでハイエナについてを人間の国の文献を持ち込み読んでいたのだけれど、どうやらハイエナはオスに発情周期はなく、交尾の際もメスの発情に合わせるらしい。なんなら主導権は完全にメスというのだから、経験なんて全くない私には困りものだった。なにせ獣人の国の王子さまだ。私には後継者だっていずれ求められるだろう。

 私から誘わなければならない。それは恋愛すらほとんどしたことのない私には途方もない壁になったのだ。

 確かに寝室は同じなのに、ジュンさんは一月経ってもそういう行為を求めてこなかった。単純に獣人にも発情期的なものがあって、その周期が来てないだけかと思ったけれど彼と私が子を作るには私が奮闘しなければならないという。

「だめだ。一人じゃ答えが出ない」

恥ずかしいという思いよりもこの国の未来が不安になってしまった私は早速その日の夜、ジュンさんに相談したのである。

「ねぇジュンさん。ちょっと変な話してもいい?」
「なんすかぁ?」

 ジュンさんは昼間立派に王子としての仕事を終えるからか、夜は妙に甘えん坊でそれがたまらなく可愛かった。ベッドに腰かける私のお腹に抱きついて、私が撫でやすい位置に頭を置いてくる。かわいい丸い耳は既にぺたんとしており、ひたすらに撫でられ待ちだ。私はその耳をこしょこしょ撫でると、彼はくすぐったそうに笑った。もう母性本能がギュンギュンである。ずっとこんなやりとりをしていたいけれど、今日告げると決めた私は勇気を出して口に例の言葉を舌に乗せた。

「あのね、ずっと先でいいと思うんだけど、いずれ私たち後継者を作らなきゃいけないじゃない?」
「……はい」

 きょとんと顔を上げてきたジュンさんの純粋な目が見れない。私は若干それから視線を逸らしながら、続きを告げる。

「でね、その〜そういう行為……的な、やつはやっぱり私からお誘いした方がいいのかな?」
「……」

 穴があったら入りたい。ついでに土をかけて埋めてほしい。きっと真っ赤になった頬は隠す事ができなくて、手で苦し紛れに扇ぐ。するとジュンさんは何かを閃いたように言った。

「もしかしてオレの事勉強してくれたんですか?」
「うん。だって私ジュンさんのお嫁さん、だし……」

 顔を逸らしてそう言うと、ジュンさんが動く気配がした。膝からどくのかと顔を上げたら、先ほどより近い位置に彼の気配がして、重みがして、そのまま押し倒された。あれ?と思うまもなく、ジュンさんが右手をモゾモゾさせて手の先の何かを弾く。よく見るとあの長い爪だ。鋭い部分の爪が右手だけ全部取れていく。よくよく取れた方の爪を見ると自身の爪を付け爪として加工していたようである。

「えっ、爪、」

 そう呟いて上に乗っかるジュンさんを見ると、呼吸を荒立てて私を見ていた。頬も目元も真っ赤で、汗をかいていた。何だ、どうしたと目を泳がせていると爪がすっかり短くなった右手で私の頬をふにふに摘んでから唇を執拗に撫でてきた。

「なに、ジュンさんどうしたの」
「オレ、オレ嬉しいです。オレと交尾したいって思ってくれたんすよね?」
「えっ、」
「正解ですよ。ハイエナはメスの発情に合わせてオスも交尾します。ただ人間の……いや、あんたの汗の匂い、メスが出すフェロモンよりすげーいい匂いするから、ほんとにこの一月オレどうにかなっちまうかと思いました」
「はぁ?!え!私汗臭かった?!」

 慌てて身体を起こそうとしたけれど、まんまとジュンさんに組み敷かれ直される。ついでに胸元の匂いを嗅がれてパニックの私に、息の荒いジュンさんが言った。

「臭いわけないじゃないですかぁ〜。まじでいい匂い……この匂いです。オレが人間の国ですれ違いざまに嗅いで惚れた人の匂い」

 そういえば彼は一目惚れしたという理由で私を所望したのだった。正確には一嗅ぎ惚れだったという事だろう。汗の匂いで惚れられたなんて、まさか予想だにしなかった。

「あんたはただ汗かいてるだけでフェロモンを出してるつもり無いだろうからって、オレ我慢してました。でもいつ誘われてもいいように右手だけ爪まで切って待ってたんですよぉ〜。健気っしょ」
「それはそうかも……」

 私を傷つけないように考えてくれた辺りは愛を感じるし、無理矢理襲ってくる事もなかった辺り、私は彼にものすごく愛されているということを自覚した。けれど私がこの話題を自ら出したことにより、ジュンさんの中で何かしらの箍が外れたのかもしれない。私の掌を取り、熱心に何度もキスを落とすとそのまま指をパクッと咥えた

「ひゃ、」
「かわいい、かわいい……っ!なぁ、いいですよね?オレ、いっぱい我慢しました。ご褒美ください」

 咥えた指を軽く噛んでから、彼はまた私の掌にちゅっちゅとキスをする。私がいいと言ってないから、唇にはキスをしてこないのかもしれない。やはり愛されている。

「いた、」
「……早く、」

 彼の牙が、柔く手首を噛んだ。私は勇気を出して彼の顔を両手で挟み、ちょんと唇にキスを贈ったのだった。

 以降、悩みだった私が主導で誘わなければいけないという問題は爆発離散したのだけれど、ジュンさんがいちいち汗をかいた私の匂いを嗅ぎにきたりわざと誘ってるかどうか聞いてくるようになったのは、少しばかり困り物である。
 獣人の体力に、人間の小娘がついて行けるわけがないのだ。



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