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マヨイの死神パロ
2025/11/04 21:18

 嗚呼、嫉妬という感情が生き物全てに備わっているのだというのなら、死神である私にだって備わっていても決して可笑しくないでしょう?

 他者に自身の物を取られた時に起こる摩擦。それは例え対象物がなんだとしても、摩擦は擦れれば起こるものです。そう、だから何も可笑しくなど、ないのです。


 パッと、彼女が振り返った時には遅かった。大きな鉄製の看板がまっすぐ落ちてきていて、あまりに急な事に叫び声すらままならない。ガシャーン!と激しい音を立てて地面に落下したそれは、紛れもなく、ほんのコンマ数瞬前まで彼女がいた場所に、狂いもなく落下したのだ。

「あ、あ、あ、」
「ふぅ……お怪我はありませんかぁ?」

 マヨイは咄嗟に彼女に突進するようにその場から弾き飛ばして、守るように自分の体で抱え込んだ。転ぶ形になったので互いに腕や足を擦りむいたけれど、あの鉄の塊が頭に落ちることに比べたらかすり傷だった。

 異様な空白で一瞬世界が静まってから、なだれ込むように周囲が騒然とする。大丈夫ですか?!と駆け寄って来てくれる人や、スマホで救急車を呼んでくれる人、落ちた看板に書かれた店の店員も真っ青な顔でやってきた。マヨイは未だに自身の腕の中で腰を抜かし、震えている彼女を見た。ようやく今、事の重大さに気がついたのだろう。

「怖かったですねぇ。もう大丈夫ですよ……痛いところは?」
「ない、ない、です。あの、ありがとう、ござ……」

 ガタガタと震える彼女の手にそっと触れてから、もう片方の手で肩をぽんぽんと柔らかく叩いた。

「では、私はこれで。念の為病院に行ってくださいねぇ」

 そう言って立ち上がると、彼女はマヨイの服の袖を思い切り掴んだ。

「待って!待って……ください!」

 名前を問われたので、マヨイは正直に答えた。彼女は「マヨイさん……」と噛み締めるように呟いて微笑んでから、慌ててレシートの裏にボールペンで何かを書くと、マヨイに握らせた。

 コンビニでコーヒーを買ったレシートの裏には、電話番号が書かれていた。

「ふふ、ふふふ、ふふ……」

 それを丁寧にポケットにしまい込んで、マヨイはそっと裏路地から姿を消したのだ。
 
 その日の夜、彼女に電話をかけてみた。数コール経ってから「はい!」と元気そうな返事が聞こえて来て、マヨイは思わず笑いをこぼす。

「こんばんは。マヨイです」

 そう言うと、「えっ!?あっ!!マ、マヨイさん!!」と何故かバタバタと物音を立ててから「こんばんは!」とあいさつが返ってきた。

「今日は大丈夫でしたか?災難、でしたねぇえ」
「は、はい……いえ、あの時は本当にありがとうございました。念の為病院に行ったんですが、何もなかったです」
「そうですか。よかったです」
「あの、マヨイ、さんは……大丈夫ですか?その、本当にありがとうございました。あなたがいなければ、私死んでいたかもしれません」

 その言葉に、マヨイは深く頷く。

「……えぇ、そうですねぇ。本当に、よかったです」


 そこからマヨイと、彼女の縁は始まった。数度食事に行って、彼女から告白をされた。それに笑顔で頷くと、彼女は愛らしい笑顔と微かな涙を浮かべて喜んでいて、マヨイもつられてしまいそうになる。

 赤の他人から、恋人になった。時間が空けば互いに会いに行き、関係の密度を高めた。マヨイは相変わらず彼女をさん付けで呼んでいたけれど、彼女はいつのまにかマヨイさんからマヨイくんになっていた。それはマヨイにとっても心地よいもので、嬉しいものだった。
 青い実がやがて熟し甘く芳しくなってきたのを、マヨイは感じ取っていた。

「さぁ、そろそろ、でしょうか……」

 ベッドの右側を空けて眠る彼女のそばに腰を掛け、そっと髪を撫でた。この瞬間をあれだけ恋しく思っていたあの頃が嘘のようだ。とマヨイは一人微笑む。
 カチ、コチ、と時計が鳴って、時計が0時を指した。

 そっと、彼女に口づけをした。恋人になってからいくらでもしてきたものであったけれど、今までは『人間の恋人』としてしてきたものだ。今したのは、『死神』が、『死者』に贈った口づけだ。少し長く唇を合わせてから、彼女の髪を撫でてから離れる。

 音もなく、鎌を取り出して振るう。彼女の首に押し当て、魂を刈り取った。


 そも、彼女の寿命はあの時に決まっていたのだ。看板が落ちてきて、彼女はあの時死ぬ予定だった。
 けれどあの時死んでしまうと、マヨイの側に彼女の魂を置いておけなかったのだ。あの時はまだ、彼女は他の死神の担当だったのだ。

 冗談ではない。こんなに想っている相手の魂をこの手で狩れない?死者の魂として自身の元に置いておけない?そんな無慈悲を浴びるには、マヨイの心は弱かった。

 だから助けた。人間に化けて、無理やり彼女の寿命を延ばした。担当の死神には、代わりに手持ちの人間を数人くれてやればそれで済む話だ。何人くれても構わない。けれど彼女の死後の魂が他の死神の元に行くのは我慢ならなかった。
 死神だって、嫉妬に身を焦がす。焦げついた身体で彼女に触れたというのに、彼女はあまりにも幸せそうだったから。だからマヨイの乾いてひび割れそうな心に、そっと水が流れて風が吹いた気がしたのだ。

 機は熟したのである。マヨイはどこまでも死神なのだから、彼にとっては彼女とこのまま過ごすよりも、魂を刈り取る方が至上の快楽で、至上の幸福だったのだ。

「あれ?マヨイさん?私、」
「……あなたは、死んだのです。私は死神。あなたの魂の期限を知らせに来ました」
「……」

半分は嘘だ。けれどそれが伝わらなければ、真実になる。

「これからは魂になり、私の管理下に入ります。……よろしいですか?」

 彼女が泣き出さないか。それだけがマヨイには不安だった。自分の側にいるのが嫌ではないか。死ぬのが怖いと取り乱すのではないか。例え死んでも独りにしないで、長い長い時間自分と共に過ごすのだ。怖い事など、無いけれど。

 しかし、
 彼女は微笑んだ。

「嬉しい。死んでもマヨイくんといられるのね。連れてって」

 彼女は手を差し出してきた。マヨイはその手を取る。あの時とは違う、冷たい冷たい手だった。



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