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凛月と両片思い
2025/11/04 21:21

「チョコを食べた人の血って、普段よりもずっとず〜っと、甘いかなぁ?」

 テーブルに突っ伏したままこちらを見つつ、楽しそうに凛月くんは言った。
 その日は奇しくも街中をチョコレートが飛び交う日で、私も仕事先でチョコレートを配っては同じだけもらい、それらを持ち帰って家に帰ると、その夜彼は気まぐれな猫のように私の家にやってきた。

 一応言うが恋人のような甘くて温かい関係は、きっと私たちの間には無い。友人よりも癒着していて、セックスフレンドよりは爽やか。けれど愛を与え合う仲ではない事は、普段ちっとも連絡をくれないし私を優先順位の上位に置いていない事が明らかである凛月くんの反応でわかるだろう。かと言って今後この関係が発展する事もない。不毛な間柄である。

 私は凛月くんのことが好きだから、彼を突っぱねることが出来ない。凛月くんはそれに気付いてて、そして私が彼に否定されるのを恐れて一歩踏み出せない臆病さも理解しているのだ。なんてずるい。ずるいけれど、そこから脱却出来ない私が一番悪いのだ。

「え……それは無いんじゃない?甘いものいつもより食べてるのは本当だけど」

冒頭の彼の発言にギクリとした私は、あえて明言を避けた。そう、私たちは恋人でもなければセックスフレンドではないし、友人でもない。けれど凛月くんが私の所へ度々やってくるのは、この発言が全てだった。

 理解し難い事実。彼は吸血鬼で、ある日偶然口にした私の血の味を気に入ったと言う。

 緊急事態だった。その日は大層日差しが強くて、元々日差しに弱い凛月くんが更に弱っていた。そんな中、彼らの楽屋で仕事をしていた私がたまたまカッターで指を切ってしまったのだ。衰弱した彼に、血の匂いはよほど甘美だったのだろう。頼み込む凛月くんに、尻込みする私。焦れた彼はそのまま私の中指にかぶりついた。そこから始まった関係なので、吸血フレンドとも言うべきだろうか。

「も〜あんたは鈍感だねぇ。俺のかわいいおねだりに気づいてよ」

 甘えるように、凛月くんは上目遣いで私を見た。熱っぽい瞳は、性欲よりも食欲に近い感情で私を射抜いている。そんな彼の誘惑につい心臓を高鳴らせてしまう私も私だが、彼の不思議な依存性の高い魅力を間近で浴びて、耐え抜ける方法があるのならぜひ教えて欲しいくらいである。

 甘え上手で、気まぐれ。でも大切にしてくれて、ぞんざい。
 口に私を軽く咥えたまま離してくれない凛月くんに、私はいつだってそのまま飲み込んでいいよと言いたいのに言えないのだ。臆病極まりない。

「血、欲しいの?」

 彼のおねだりの翻訳を、あえてストレートにしてみる。すると凛月くんはまん丸な後頭部をふるふる横に振りながらそのジェスチャーとは正反対に「欲しいよ」と言った。

「欲しいよ。欲しいけど、折角今日しか出来ないおねだりの仕方をしたのに、あんたがそれじゃあ意味ないよ」
「ご、ごめん。でもチョコレートがそのまま血に溶けるわけじゃないし、味変わらないんじゃないかなって」

 なんなら今日は栄養面が偏った食事をしているので、普段より不味いような気さえしてくる。

「じゃあ普段とどれだけ違うか知りたいから、い〜い?」

 あ〜ん、と凛月くんがねだるように口を開けた。私よりずっと鋭い真っ白な犬歯が見える。それが私の血で赤く汚れるのかと思うと、なんとも言えない独占欲が満たされていく。

「いいけど、他の人と比べないでよ。そうやって色んな人におねだりして、今日は本当はもう血なんていらないんじゃないの?」

そう言いながら、私は着ていたニットを潔く脱いで襟ぐりの広いインナーの首元を引っ張った。それに釣られるように、凛月くんが覆いかぶさっては首筋にゆっくりと、まるで大切なものを扱うかのように牙を突き立ててくる。

 首元が湿る感覚と、凛月くんの熱い吐息がじゅわっと広がる感覚に思わず息を吐けば、凛月くんが最後にゆっくりと傷口を舐めとった。

「あんたも鈍いねぇ。こんな日に吸う血はあんたのだけだよ」
「え、」
「俺をアバズレって言った仕返し。今日はもうおしまい」

 俺帰る。と言って、凛月くんは立ち上がった。怒らせてしまったのだろうかと冷や汗を背中が伝い、コートを持った彼が玄関に行くのを慌てて追いかけると、鞄も持たない凛月くんが拗ねたようにこちらを見た。

「ほら、俺帰っちゃうけど、いいの?何か言うことあるんじゃない?」

 彼の鞄は部屋の中だし、外は雪が降りそうなくらい寒い。沢山沢山、引き留める為の言葉が思いついては消えていく中、今私が言うべき言葉はこれだと血管が、本能が悟った。

「チョコレート食べた私の血、甘かったでしょ?もっと欲しくない?」

 凛月くんがぽかん、と口を開けた。もちろんチョコレートを食べたからといって、血が甘くなるわけがない。それでも今はこの誘い言葉が私は適切だと思ったけれど、凛月くんにとっては予想外の言葉だったのだろうか。それから私はこう言った。

「大好きな人が欲しいって言うなら、私いくらでもあげるのにな。帰っちゃうんだ。残念だな」

 そう言って、私はわざと凛月くんに背中を向ける。背後からコートを取り落とす音が聞こえたと思ったら、思い切り抱きしめられて、胸が甘く苦しくなった。



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