TOP > 更新履歴 > 記事 夏目探偵パロ 2025/11/04 21:44 「所長、すみません……」 コソコソと話しかけてきた助手に、夏目は一瞥するように目を細めた。この島の中央に鎮座した湖に向かってせり出されたように建てられている社に敷かれた畳の上で、スーツ姿の夏目と化繊で出来たドレスを着た助手は異様に目立っている。それもそうだ。なにせ周りは皆、着物のような民族衣装の者しかいないのである。完全に浮いているだけでなく、周囲からの好奇の目が夏目と助手に深く深く突き刺さるのだ。珍しく申し訳なさそうな助手の肩にぽんと手を置くと、夏目はため息を吐いた。 「別に、いいヨ。ていうか君の幼馴染、随分と文化が違う場所に嫁いだんだネ」 「ほ、本当に……。私も知らなかったです」 飛行機に乗って数時間、更に一日1本しか出ない定期船に乗ってこの島にやってきたのは、一重に助手の幼馴染が婚儀を挙げるので参加してほしいという一枚のハガキが理由だった。ぜひパートナーと一緒に。と書かれた文面を見て、生憎と恋人などいない助手は事もあろうに自身が勤める探偵事務所の所長である夏目に同行を依頼したのである。 ちょうど仕事に余裕がある時期だったので孤島というところに微かな興味を抱いたのと、助手の必死すぎるおねだりに負けた夏目は安易にこの土地に来たことを後悔していた。 この土地の婚礼は本土のものとは大きくかけ離れていて、花嫁と花婿は湖の岸辺、9時の方角から小舟に乗り、湖に花を撒きながら3時の方角にある社へ向かい、そこに置かれた塩を湖に撒いて禊とする。それを6時の方角から参加者が見守るという謎の儀式を行ってから、陸でまた儀式を行うのだという。湖を渡る儀式を「みわたりの儀」と呼ぶらしく、今はまさにその儀式が始まる寸前、ということだ。 周囲が夏目と助手という外部の人間を怪しむ視線を投げる中、行きの船で知り合った本土の医師、角田だけは何も言わずに2人の隣に座っていた。やはり、この奇異の目に辟易としているらしい。 「まぁ、私たちみたいな外部の人間がこの島に来るのも相当珍しいみたいだから、仕方ないといえばないんだけどね」 「と言いますけど、角田先生はちゃんと衣装着てるじゃないですか。お生まれがこちらとか?」 助手が身を乗り出し、夏目を越えて角田に聞いた。メガネを直しながら、角田はそれに応える。 「いいや。私は樹くん……花婿が本土にいた時事故にあって、その時の主治医に過ぎないよ。これは樹くんから送られてきたんだ。だから持ってきたんだけど、スーツでよかったならその方が助かるね」 「……この湿気がなければ、スーツの方が快適だヨ」 山に囲まれた湖にせり出した社の上だ。もちろん周囲は水に囲まれており、湿気でべたりとした空気である。助手も時折ハンカチではたはたと自分をあおった。 「所長暑くないですか?」 「ボクは平気。君はお化粧が落ちないように頑張ってネ。珍しく綺麗な服着てかわいくなってるんだかラ、あんまり汗かくと台無しだヨ」 「なんで所長はジャケットまで着てるのにそんなに涼しげなんですか?その下ノースリーブだったりします?アイドルの衣装みたいに」 「そんなわけないでショ」 「ハハハ。君たち面白いね」 角田が朗らかに笑ったところで、突然背後の儀式参加者たちの気配が変わった。突如全員、両手の指を複雑に絡めて同じ姿勢を取り始めたのだ。 「えっえっ、なに」 「始まるネ」 夏目はちらりと後ろを見て、同じく指を組んだ。更にそれを見て、助手も合わせる。 「ゆ、ゆび、つる、」 「うるさイ」 すると社全体が、聞いたこともない言語の祝詞のようなものでわなないた。流石にそれは真似することができなくて、助手は口を動かすフリをして湖の9時の方向を見ていた。やがてゆっくり、小さな舟が一隻現れた。赤いヴェールのようなものを被った、幼馴染らしき花嫁が花びらを湖に撒きながら進路の方を見つめ、赤い着物の花婿が漕ぐ舟はゆっくりと対岸に渡ろうとしている。それに重なるこちらにいる島民たちの祝詞のような怪しい呪文が、どこか背筋をゾワゾワとさせた。これが結婚の儀式などと、にわかには信じられない。 ふと周囲が気になって助手が見回すと、参加者たちは皆、目を閉じて呪文を唱えていた。そういえば先ほど儀式の際は目を閉じろと言われたような気がして、助手は慌目を閉じようとしたものの、やめてこっそりと幼馴染たちが行く舟を見ている事にした。もしかしたら見てはいけないものなのかもしれないけれど、外部の人間である自分には関係ない。不思議な衣装といえど、婚礼衣装に変わりはない。幼馴染の晴れ姿を目に焼き付けようと湖を臨んだ時、舟の上の花嫁がスッと手を花婿に突き出した。 ──手には、黒い何かが握られている。 その瞬間、パァン!という激しく鋭い破裂音が鳴り響いた。刹那、花婿の頭部から弾けた血飛沫が、赤い真珠のように飛ぶのが小さく見えた。見えてしまった。花婿はガクリと項垂れるように崩れ、オールを手放す。一方ヴェールを被った花嫁は、社がある方角とは反対側の水面に、吸い込まれるように落ちた。 「きゃあああ!」 反射的に悲鳴を上げる。隣にいた夏目が反応して立ち上がり、湖の方を見た。現場まで泳いでいくわけにもいかない距離である。島民たちもざわつき始め、そこらで「駐在は?!」「今日はおらん!」「誰か電話のとこ行け!警察に……」と言った言葉が飛び交っている。 「もう一つ舟はありませんカ?!」 夏目が叫ぶ。混乱を喫する島民たちはようやくそこで花嫁が湖に落ちたことを思い出した。 「君はここで待ってテ」 助手の肩に優しく手を置いて、夏目は医師である角田の同行を頼んだ。 「……検死は専門ではないけれど、仕方ない」 わかりましたと立ち上がる角田を連れて社から出ようとすると、助手が小さく夏目を呼んだ。まだ状況が理解できないのだろう。なにせ、幼馴染が結婚相手を銃で撃ち、自分も身を投げたように見えるのだ。 「大丈夫、すぐに戻ってくるヨ。君はそこで何か気がついた事があったらメモしておいテ。儀式を見てたんでショ」 助手は頷いた。確かに、島民は皆目を閉じていたが、助手は事の顛末をよく見ている。忘れないように書き記そうと、助手は小さなカバンからスマホを取り出した。 [prev][next] [Back] |