TOP > 更新履歴 > 記事

レオとAM6:00
2024/02/20 21:13

 起きた。

 レオはぱちぱちと二度瞬きをして、窓の方を見る。分厚いカーテンのわずかな隙間から漏れる太陽の光を見るに、今日も晴天だろう。ふとチェストに置いてある時計に目を移せば、時刻はちょうど6時だった。昨日寝た時間を考えるとまだ眠っていてもいい時間だけれど、元々が朝型のレオにしてみればもう起きる時間なのだ。脳は元より体がそう言っている。

「ねむ……」

 とは言っても睡眠時間はいつもより短い。無論、隣にいる彼女はまだ深い寝息を立てながら掛け布団を微かに上下させていた。
 レオの既に襟ぐりの伸びた部屋着を貸したからか、布団からはみ出た肩は更に素肌がはみ出ており、彼女の肩の後ろ側にあるほくろがぽつんと見えている。レオはそれをそっとしまってから自分はベッドから抜け出した。彼女の方へ布団をきちんとかけてやると、レオよりも小さな身体はすっぽり布団に納まり、ぬくぬくとした見た目になった。

「これでよし」

 静かな寝室に、彼女の深い寝息が隙間を縫うように響く。
 きっと外は薄明るい空が広がっているのだろう。カーテンで遮られているので全身を包んでくるような日差しは見えることはないが、寝室の静謐な空間には似通わない。レオは寝室の扉を音もなく閉めると、そっとリビングに来た。

「寒い」

 本格的な冬に、より一層近付いていた。部屋の中の空気はレオたちが眠っている間に冷えきり、鋭さを増してきている。レオは早々にリビングの暖房のリモコンを押すと、ソファに放り投げていた厚めのカーディガンを羽織ってからキッチンでお湯を沸かすべく水道をひねった。蛇口から出てくる水は周囲に冷たい空気をまとっているのか、水には触れていないはずなのに手がキンキンと冷たい。
 冷たい空気は脳細胞を活性化させて霊感を呼び覚ましてくれる。レオの持論である。ケトルの中の冷たい冷たい水が、電気で次第に熱せられていく際に立てるボコボコという小気味いい音は、今日も絶好調のようだ。

「はは!おまえは朝からいい歌を歌うな!おれも見習おう!一日の始まりにふさわしい歌を高らかに奏でよう!!」

 ケトルの弾く音色に合わせて今日一番、初めて紡ぐ音楽を、と思ったが、一小節目を歌う寸前でピタリと動きを止めると、レオはケトルに向かって手を合わせた。

「ごめんやっぱだめだ!あいつまだ寝てるから、おれの歌で起こしちゃったらかわいそう」

 あいつが起きてきたら一緒に歌おうな!と物言わぬケトルに約束をすると、ケトルもそれに反応するように動きを止めた。お湯が沸いたようである。
 レオはドリッパーにペーパーフィルターを敷き、コーヒーをさっさと中に入れるとお湯を注いだ。柔らかいコーヒーの香りがキッチンにあふれていく。

「これどこのだっけ……」

 先ほど入れたコーヒーのパッケージを見る。確か彼女が気まぐれに買ってきてくれたものだが、レオの好みの味と香りだった。また買ってきて欲しいと頼んでみようか。
 ぽたぽたとコーヒーが落ちるのを待つ間に昨日彼女が作ってくれたシチューの鍋に火を入れる。残りは今日の朝ご飯にしようと言っていたので、焦げないように弱火にしてから少し鍋をかき混ぜた。

「あっ、顔洗ってない、おれ」

 不意に思い出して顔を洗いに洗面所へと向かう。温まってきたリビングと違い洗面所は身が切られるような寒さなのでさっさと顔を洗うと、レオはすごすごと退散した。
 比較的朝方のレオに比べて、彼女は夜型寄りである。休日はぎりぎりまで眠っていることも多くその辺りはあまり性質が合わないのだが、それはそれ、これはこれだ。

「お腹すいたな〜。先に食べちゃお」

 時計を見ると時刻は6時20分を指していた。まだ彼女は起きないだろうから、レオはいつも通り先に朝食をとることにした。メニューは昨日彼女が作ってくれたシチューとパン、それからコーヒーである。
 折角休日が重なったのに一緒にご飯食べてくれないなんて、とは彼女も言わないし、レオも言わないようにしている。決して二人は一つではないのだから違いがあって当たり前だ。その違いを愛おしむことこそが尊い何かだと思う。

「ん〜柔らかいにんじん、うまい」

 しっかり煮込まれたシチューは美味しい。パンも付ければ完璧な朝食に他ならない。
 でもちょっと静かなリビングは、いつもよりほんのちょっとだけ広い。


「おはよ〜……」

 すると不意に、リビングの扉が開いた。少し驚いてそちらを見れば、またもや肩がずるりと落ちたシャツを着た彼女がまさに今起きた、という出で立ちで立っていた。

「えっ、おはよ!早いなどうした?」

 早口になる自分など意にも介さず、彼女は「リビングあったか〜い」とまろやかな声で言う。

「なんか目覚めちゃったから起きた。お腹空いたし」

 あ、シチューいいな。と彼女が言うのはつまりは自分にもくれというおねだりだ。レオはキッチンの鍋にもう一度火を入れると、彼女の分のコーヒーも淹れてやる準備をする。

「ちゃんと起きるなら顔洗ってくれば?シチューあっためておいてやるから」
「優しいお兄ちゃんだ〜。ありがとう」

 自分で起きてきたくせにどこは普段よりぼんやりした様子は、彼女のいつもの寝起きの様子である。
 レオは鍋をぐるぐるかき混ぜながら、自分の機嫌がさっきよりずっとよくなっていることに気が付いた。久しぶりに休みが重なって、朝食も一緒に食べられる。もちろん二つは一つじゃないから別々だって構わないけれど、一つに限りなく近くあれるのは嬉しいものなのだ。
 ケトルに水を足してスイッチを入れれば、先ほどのよりもどこか軽い音でケトルがお湯を沸かすべく歌い出す。

「おっ、おまえもご機嫌なのか?!おれもだ!いいよ、もうあいつは起きたから一緒に歌おう!朝の日差しに負けない眩しい旋律だ!」

 今日はきっといい一日になる。そう確信したレオなのである。

「レオくんまたケトルと歌ってる」

 顔を洗ってきた彼女の苦笑は、あいにくと天才作曲家には届かない。 



[prev][next]
[Back]

Copyright (C) 2016 PB All Rights Reserved.