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真緒とPM7:00
2024/02/20 21:14

「なんてお洒落な店……」

 のっけから庶民全開な台詞を吐いた私に、真緒くんは一つ笑いをこぼした。時刻はPM7時の数分前。念の為バラバラに集合してからお洒落で高そうなフレンチのお店に来た私たちの夕食の予定はここである。

「悪いな〜。久しぶりに会うのに仕事のついでっぽくなっちゃって」

 ボーイさんにコートを預けた真緒くんがひらひらと手を振りながら席についた。かたや私はちょっといつもより小綺麗なワンピース姿で10分くらい前に着いて、一人で豪華な個室をお上りさんよろしくキョロキョロと見回すだけ見回した後だ。
 今日この店に来たのは真緒くんの仕事の一環でもある。今彼は深夜に30分番組をやっていて、その内容がゲストといいお店で食事をしながらトークをする、という主旨のものなので今回の店も個人的な下見に来た、というわけだ。

「いや、むしろやった〜!て感じ……私も一緒にご馳走になっていいの?」
「もちろんだよ。こんな店に男一人なんて寂しいし、そもそもお前と一緒に飯食いたかったしな」

 サラッとほの甘い事を言ってくれるので、私は一人恥ずかしくなって俯いた。真緒くんはいつも無自覚にこちらを引きつけてやまない事を言うのに、いざカッコつけようとすると失敗するのだ。そんな所も愛おしいので、私からしたら好きの乗算である。
 飲み物の注文を受けたボーイさんが静かに去って、個室は少し落ち着いた雰囲気になった。よく見ると真緒くんはきちんとスーツを着ている。えぇ〜!すごいかっこいいじゃん!なんて内心はしゃぎながら、その高揚感を悟られないように静かに口を開く。

「わざわざ着替えたの?大変だったね」
「いや?今日はレッスンとドラマ撮影だったから衣装とか練習着あったし、スーツのままあちこち行ったよ。スーツ来て撮影現場行ったら共演者の人たちに驚かれちゃってさ〜」

 普段はカジュアルな服が多いからかな。と恥ずかしそうに頬をかく真緒くん。彼が楽しそうなのが嬉しくて、私はうんうんと二つ頷いた。暫くしてスパークリングワインが運ばれてきたので乾杯をしてから、爽やかな酸味と心地いい炭酸を舌で転がす。

「スバルなんて、サリーとうとうプロポーズすんの!?とか言っちゃってさ〜、そんなのもう少し先だっての。なぁ?」
「……」

 気まずくて、私はサッと視線を逸らした。それもそうだ。そもそも私達は今まで結婚とか、そういった話題を二人の間で出した事がない。なぁ?なんて言われても、うん!と返事が出来るわけないのである。

「あっ、いや、ごめ、ちが、」
「……一旦、記憶から消すね」
「ありがとうございます……」

 たまにこういう失敗をするのが衣更真緒という人だ。今ドラマでやってるクールな刑事とは、似ても似つかない。
 そこが好きなので、私も大概である。

「今日のレッスンはトリスタでやったんだね。ダンスレッスン?」

このまま気まずくなるのも嫌なので、私は彼の仕事の話に微妙に照準をずらした。

「あ、そうなんだよ。今度新曲出るからさ」
「そっかおめでとう!ダンスある感じの曲なんだね〜」
「久しぶりにゴリゴリ踊る感じだからさ、俺も楽しみだよ」
「そっかぁ。私も初回特典と通常版予約しないとな。店舗特典確認して……」
「……お買い上げ、ありがとな」

 ちょっと呆れた感じに言われた。彼はいつもCDをくれるのに、私はお金を落としたいからと限定版もくまなく手に入れている。彼の歌声を聴く私は衣更真緒の彼女ではなく、ただのドルオタなのだ。
 前菜やスープを食べ終え、魚料理に舌鼓を打っていると、真緒くんが白ワインを一口飲んでから、うん。と一つ頷いた。

「?なに?」
「あぁ、わり。今日ここに来たのって次の仕事の下見ではあるんだけどさ、純粋に仕事帰りの酒が美味いな〜って」

 飲んでいるのは普段飲むものの数段良いワインで、料理も格別な分疲れた身体に染み渡っていることだろう。私は小さく笑って、同じくワインを飲んだ。微かな酸味の奥にある、鼻を抜けるような香りが程よい。

「わかるわかる。疲れた時は特に美味しいよね。私もいいもの食べさせてもらって嬉しい」

 魚のポワレを小さく切って口に運ぶと、柔らかくほぐれて口の中に広がった。

「面倒くさがった俺が悪いんだけどさ、やっぱ一日スーツで動くとそれだけ疲れた気になるな。持って歩けばよかったよ」

 確かに彼が面倒くさがらなければ、さっきみたいな事故は起こらなかった事だろう。そればっかりは「そうだねぇ〜」と適当に流すしかない。今後はその辺に対してもう少し慎重になってくれるとこちらのヒヤヒヤというかいやなドキドキ感が減るのでありがたいものだ。

「まぁまぁ、その日最後に食べるご飯が美味しければ大丈夫!美味しいご飯は正義!美味しいご飯最高!連れてきてくれてありがとう真緒くん!」

 私は全てを責任のご飯に押しつけて、言いたかったことをきちんと言った。美味しいご飯は本当に正義である。それがあればみんな幸せ。疲れも吹き飛ぶものだ。
 すると真緒くんが笑いながら言った。

「ここの食事もすっげ〜美味いけど、俺はおまえの作る食事も好きだよ。毎日食ってもいいくらい」
「……あのさ、」
「あ、わり、そういう意味じゃ……」

 慌てた真緒くんがカトラリーを落としそうになっているのを無表情で見つめ、私はワインを口に含む。

 さすがの私も、もういっそプロポーズしちゃえば?みたいな気になってしまった。
 



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