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斑といつもの朝
2024/03/19 20:17

 目覚ましが一度既に鳴ったのはもう意識の隅で気がついているので、あと一回鳴ったら起きようと思った。うつ伏せになったまま枕の下にごそごそと手を入れた所で、あと数分で鳴るであろうアラームの音を半分寝ながら待ってる私の肩を、隣から伸びてきた手がゆさゆさも軽く揺さぶってくる。

「朝だぞお……」
「……知ってる……」

 そこで気がつく。アラームが予想した時間に鳴らないのだ。寝坊したのかと思い少し慌ててスマホで時計を見れば、予想していた時間ぴったりだった。私は思わずベッドの隣で身体を起こしている巨躯を、半分しか開かない目で見る。

「ねぇ斑くん、アラーム予約消した?」
「俺、あの音あんまり好きじゃないんだよなあ」

 目覚まし時計買いなおさないか?と聞かれ、今の問題はそこではないと主張する。私は基本、朝に弱いのだ。

「いや、勝手に消さないでよ……寝坊したらどうすんの」
「俺が起こしてあげるからいいだろう。朝は得意だぞお」

 私とは違いさっさといつもの調子を取り戻した斑くんはベッドから降りると、ペタペタと素足を鳴らして寝室を出て行った。相変わらず寝起きがよろしい。

「……」

 これは突き詰めても無駄だと悟り、大きなあくびをしてから私は洗面所に向かった。

 着替えを終えてリビングに行くと、ちょうど斑くんがパンの袋を開けていた。私が着く席には大福とコーヒーが置いてある。

「あ、そうだ。今日の朝ごはん大福だった」
「昨日自分で言ってただろう」
「言った」

 起き抜けはあまり食べられないのだが、今日の大福は斑くんがお土産だと買ってきた有名店のものだ。途端に舌と胃袋が大福とコーヒーを期待し始めたので、席についてラップを剥がす。斑くんは食パンを焼かずに生のまま、何も付けずに食べている。

「朝からもそもそしない?」
「しない」
「そう……」

 大福と食パン。食べるものはちぐはぐだし互いにテレビの天気予報やニュースに集中するので会話は皆無だけれど、いつもの朝だ。

「今日昼から雨?うそ〜」
「困る……と思ったけどそうでもないなあ。乾燥機買い替えたから洗濯出来るしなあ」

 そこで私ははた、と気付く。

「あれ、斑くん今日オフ?」
「あぁ。事務所に顔は出すかもしれないけど」

 なのに私に合わせて起きてくれたのか。と、ちょっとだけ嬉しくなる。今更朝からテンションマックスでいちゃいちゃする、とかそんな事しないけれど、この気怠い朝も嫌いではないので私の気分は寝起きよりも確実に、少しずつ上昇していく。

「ねぇ斑くん」
「なんだ?」
「大福美味しい。ありがとう」
「喜色満面!君が喜んでくれるならまた買ってこようなあ」

 朝から男前のニッコリは大変眩しい。私は頷いてから、コーヒーを一気に飲み干した。

 さて、私のモーニングルーティンは佳境である。ダイニングのテーブルにドンと大きなポーチと鏡を置いてメイクを始めると、斑くんが着替えて戻ってきた。外にも出られる格好をしている。

「すぐ出かけるの?」
「いや、洗濯してから」

 何故かどうしても今日洗濯がしたいみたいなので、黙ってお願いする事にした。目覚ましの事といい、斑くんは変な所こだわるし、変な所頑固なのである。
 私はふーんと聞き流しながらメイクポーチを漁る。いつも使っているアイブロウが見つからない。

「あれ、ない……」

 ポーチの奥を探っても出てこない。アイブロウなんて持ち歩かないので、出かける用のポーチにも絶対にない。

「斑くん。知らないだろうけど私のアイブロウどっかで見た?」
「見たぞお。洗面台で」
「あっそうだ」

 昨日眉毛を出かける前にちょっとだけ修正したのをすっかり忘れていた。洗面台に行くと、隅に転がっている。

「ありがとう。あった」
「よかったなあ」

 ソファに腰掛けた斑くんが、視線はテレビのままで呟いた。私も眉毛を描きながら返事をする。サクサクといつも通りのメイクを済ませると、テレビ画面の端に映る時計を確認して私は鞄を肩に掛けた。出かける時間が迫っているのだ。

「じゃ、行ってきます。洗濯ありがとね」

 目覚ましを勝手に止めたのは彼だが、起こしてくれてありがとう!と一応お礼を言うと、体の割に軽い足音を立てて斑くんが近づいてきた。大きい手で思い切り顎を掴まれて、ものすごく不自然な体勢でキスをする。ムードもへったくれもないが、とりあえず私の事を愛してくれている、という事実だけはありありと分かるようなキスだった。

「いってらっしゃい愛しい人!今日も一日頑張ろうなあ!」

 今日のような曇天には似合わない笑顔に、私は思わず目を細めたまま頷いた。



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