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夏目が恩を売る
2024/03/19 20:21

 急遽撮影で使うから。と、突如ホームセンターで大きい木材を買ってくるよう頼まれた経験は初めてである。

 ホームセンターからESビルまではなんとかタクシーで運んでもらえたものの、エントランスから撮影のスタジオまでは脇に抱えて余りあるこれをどうにかして持っていかなくてはならなくて、普段事務作業ばかりで力にはおよそ自信のない私は静かにため息を吐いた。

 どこかで台車を探そうかとも考えたが、撮影の時間は刻一刻と迫っている。仕方なしにビニール紐でかろうじてまとまっている木材をよたよた抱えて人の目を気にしつつエレベーターのボタンを押すと、扉が開いた瞬間、弊事務所の売れっ子アイドルである逆先夏目くんのきょとんとした顔と目が合った。どうやら彼は地下駐車場から上がってきたようである。

「……あ、おつかれさまです」
「おつかれさまでス。ニューディのスタッフさんだよネ」

 一つ肯定の返事をすると何階?と聞かれたのでスタジオの階数を伝えてお礼を言う。なんとか木材を下ろしてまた一つ息を吐くと、逆先くんがまじまじとこちらを見ている視線を感じた。

「すごい荷物だネ。その木材、何に使うノ?」
「撮影に必要らしくて急遽買ってきたんですよ」

 エレベーターがゆっくりと、私が指定した階に向かおうとしている。そこからさらに5.6個先の階のボタンも点灯してるので、逆先くんはもっと上の階に行こうとしているのだろう。
 私が掻い摘んで今の事情を話すと、逆先くんが少し不服そうな顔をした。

「こんなに重そうなものを女の子に買ってこさせるなんてネ……あまりいい趣味とは言えないナ」
「あ、いいんですいいんです。私下っ端ですから」

 彼の優しさに内心感謝しながら、近づいてくる目的地の為にまた木材を持とうと腰を曲げる。が、その瞬間木材が勝手に動いた。隣にいた逆先くんがそれを抱えたのだ。

「センパイがいれば持たせちゃうんだけど、いないから仕方ないナ。どこのスタジオ?」
「えっ、えっ!いいですいいです!重いから!」

 慌てて彼の手から取り返そうとすると、逆先くんがムッとしたようにこちらを見た。

「ボクだって重いものなんて持ちたくないけド、見知った女の子が困ってるのを見過ごすなんてしないヨ。……早くどのスタジオか教えて」

 持ちにくいナ……とぶつくさ文句は言いつつも、結局逆先くんはスタジオまで木材を運んでくれた。

「忙しいのにありがとうございました逆先くん。ごめんね、こんなの持たせてしまって」

 スタジオ前で木材を受け取ると、逆先くんは自分の服の袖をパタパタ叩いて言った。

「いいヨ。それよりボクがこんな重労働した意味を、君はちゃんと考えてネ」
「?」
「ボク、本来水晶玉より重いものは持たない主義なノ」

 ひらひらと背中越しに手を振って、逆先くんは去っていった。彼の言った意味がよくわからなくてその場に立ち尽くして、私は結局帰ってくるのが遅いと先輩に怒られるのである。

 後日デスクワークをこなしていると突如逆先くんが私の前に現れた。少しつり目で猫みたいに可愛いのにどこか涼しげな顔は今日もきれいだな。なんてことを内心考えつつ、頭を下げる。

「この前は本当にありがとうございました」
「ううん、いいヨ。それでこの前の答えは出タ?」
「ん?」

 この前の答えと言われて、私は目を丸くする。暫し記憶を掘り起こし、彼が言っていた言葉を思い出す。そういえば。

「えっと〜……助けてくれた事に意味がある、ということですよね」
「そう。いい子だネ」

 いい子だねなんて、すっかり彼の手のひらの上である。私は全く用意してなかった答えを即座に出すべく頭を高速回転させ、無難な答えにたどり着いた。

「あっ!なんか奢って欲しい!とか!」
「……」

 違ったようだ。苦々しく目を細める逆先くんの顔は初めて見た。基本事務員やスタッフには人当たりがいいのに。

「ご、ごめんなさいごめんなさい!えっと〜」
「もういいヨ」

 ちょっと拗ねた物言いになった逆先くんに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。が、思いつかない。私に手を貸すメリットとはなんだろう。

「もういいってバ。それでいい」
「それ、とは……?」
「下のカフェで何か奢ってヨ。それでチャラにしてあげル」

 休憩はいつ?と聞かれたので私は時計を見た。あれだけ拗ねた感じだったのに、私が時間を伝えるとどこか機嫌良さそうに「またくるネ」と告げて一度事務所を出て行ったので、彼の真意がますます掴めないのである。


 結局私はカフェシナモンでコーヒーを一杯奢り、何故かまたそのお礼という事で今度は彼がご馳走してくれるらしくその為の約束を取り付けられているのである。よくわからないスパイラルにハマった気がしてならない。
 けれど「次はいつがいいかナ」なんて楽しそうに聞かれるとどうしたって意識してしまうので、出来ればやめて欲しいとは思いつつ、私もその日を指折り待つ事になるのだ。



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