TOP > 更新履歴 > 記事 君主燐音と新婚 2024/03/19 20:22 こう言ってはなんだけれど 燐音さまは確実にキスが好きだ。 燐音さまと結婚して暫く経った。私の生活環境は微妙に変わったものの集落での生活にはそこまでの変化は無い。一緒に暮らすようになった夫の燐音さまにはとても大事にして頂いてるし、君主の妻として出来る限りの事をしている自負は、少しずつ芽生えている。 集落の者の中には早く世継ぎをと言っている人もいる事は知っていたけれど、私も燐音さまもまだ若い。暫くは二人の生活を楽しむのもいいかもしれないと燐音さまが言ってくださった時には人知れず胸を撫で下ろした。まだ、母になる自覚は無かったからだ。 とは言っても新婚の夫婦の片割れである私だ。そして夫は集落の次期君主としても夫としても素晴らしい燐音さまである。 彼は良き夫だった。こんなに世の女性が放っておかなそうな見た目をしておられるのに、集落の教え通り結婚するまで女性に手を出さなかったというのだから私からしたらそれだけで燐音さまを好きになってしまう要素が満たされてしまったのである。 「今日の夕食はなんだ?」 仕事から帰ってきた燐音さまが珍しく台所にひょっこりと顔を出した。私は煮込んでいる鍋をかき混ぜながら燐音さまの好物をお作りしている事を言うと、子どものように少しやんちゃでかわいい笑顔を向けてくださる。母性本能のような何かが不意に疼いてしまうのも、仕方ない話だ。 「もう少しで出来ますので、お待ちくださいね。お酒でも召し上がりますか?」 ちょうど酒を買ったばかりだったのでそう言うと、燐音さまがわざわざ台所の土間まで降りてきて私の腰を抱えた。 あ、来る。と思わず目を閉じると、案の定燐音さまがキスをしてきた。音もなくふわっと重ねられた唇を、最後軽く挟むようにして離れていく。 「悪いな。頼む」 「はい」 愛情表現をしてくださるのが嬉しくて、思わず上擦った声で返事をすれば燐音さまはもう一度、二度と軽いキスをしてきた。最後のキスは軽く舌が触れたのだけれど、さっき煮物の味見をしたので少し気まずい。 「り、燐音さま」 もうやめて、という意味も込めて名前を呼べばそれが伝わったのか、唇は避けて額と頬に二度、背の高い燐音さまがわざわざ屈んでキスしてくださった。 勿論、私を妻として愛してくれているのは間違いない。守る者として認識してくださった事は嬉しい。 でもその大前提を考慮してまで思った。 燐音さまは、キス魔である。 外で私以外の女性にしているのは想像できない。それくらい家でのキスが多すぎる。朝、仕事に行く前と夜帰ってきてからは必ず私からキスをするようねだられるし、こうして何気ない瞬間は勿論のこと、夜の床の上でもされるしねだられる。 新婚なんだから。と言われればそれまでだが、この結婚は大恋愛の末の結婚ではなく、家同士が決めたものだ。私は元々燐音さまに憧れていたから理想の結婚が出来たと言えど、互いに恋人同士だったわけでも無いのに、燐音さまの愛情表現が濃い。 そしてそれに浮かれる私も私だ。キスをするたびに燐音さまに恋をしてしまうので、大概な似合いの夫婦なのかもしれない。 「燐音さま」 「ん?」 翌日が休日だからと、夜可愛がってもらった直後にふと声を掛けた。お互い身体を拭いた方がいいのかもしれないけれど、まだ気怠くて動く気になれない。窓からはぽっかりと、三日月が浮かんでいるのが雰囲気にそぐわずなんとも爽やかな夜だ。 「燐音さまは、キスがお好きなんですね」 夢見心地な感覚で思わず口に出す。ついさっきまで彼の唇は、私の唇を優しく啄んでいた。 「え……嫌か?」 「いいえ」 予想もしない言葉だったのかもしれない。燐音さまは少しギョッとすると、ばふ、と寝具に顔を埋めた。薄暗い部屋の中、予想を立てて彼の耳に触れてみるとやはり熱い。きっと赤くなっているのだ。私は戯れ程度にもみもみと彼の耳を揉むと、濃い水色の瞳が強い視線を向けてきた。手を耳から彼の頬に移す。やはり熱かった。 「お恥ずかしいですか?」 「……」 「かわいいなって、思ったんですよ。こんな事を立派な男性に言うのは失礼かもしれませんけど、キスが好きなのもかわいいです」 「……次期君主に言う台詞じゃねぇな」 「でも、私の旦那様でもあるでしょ?愛おしい方をかわいいかわいいってしたくなる時が女にはあるものなんです」 頬に添えていた手をそっと動かして、そのまま燐音さまに私からキスをした。二度三度と重ねれば、切ないため息が互いから漏れる。もうその先に繋げる体力は無いけれど、その時間も愛おしいと思えるのは嬉しかった。 ゆっくり顔を離せば、とうに薄暗い闇の中で目が慣れた私にも、燐音さまがうっとりしたような表情を浮かべているのがわかった。かわいいので最後にもう一回私からキスをして、布団に潜る。 「おやすみなさいませ」 明日に向けてそう言って眠りにつこうとすれば、今度は燐音さまが私の頬をその大きな手で包んだ。 「あと一回だけ……」 きっと私しか見られないそのおねだりに、敵うはずもないのだ。 [prev][next] [Back] |