TOP > 更新履歴 > 記事 貴族なレオからのプロポーズ 2024/03/19 20:30 そろそろあなたもお相手を見つけなさい。家柄のいい人で、財がある人よ。愛人を作りそうな人?結構だこと。それだけ甲斐性があるって事じゃないの。何?嫌?あなたも人の妻になるのだから、そんな我儘は許しません。 親戚の叔母さまはそんな事を淡々と言いながら、自分のジュエリーボックスからデザインの古いブレスレットを一つ取ると私の腕に無理矢理付けた。 「ほら、お金があればこんなに素敵なものが買えるのよ。こういうものを買ってくれるような人になさいな。お相手の年齢なんて気にしないの。それよりも……」 「わかった、わかったわ叔母さま。頑張っていいお相手見つけてくるから」 叔母さまの会話をどうにか断ち切りたくてそう言えば、彼女はその意気よと息巻いた。 一応は貴族の端くれである私の家だけれど、お金がないのはどうにもならなかった。あるのはなけなしの爵位と、親戚の叔母さまの見栄だけだ。両親も叔母さまも私の結婚に全てを賭けているのだろう。嗚呼、なんて荷が重い。 「聞いた?今日、月永さまがいらっしゃるって!」 今宵社交の場を開く伯爵夫人の別荘に着いた途端近づいてきた顔見知りのお嬢さまは、いやに華やいで私に話しかけてきた。月永さまとは昨今名を挙げている若き作曲家で、その美しい容貌で社交の花々を魅了して止まない人だった。私でさえ、名前とお顔をなんとなく知っている。私はわざと驚いたようにリアクションして相手に合わせた。もちろん彼の美しい顔は拝見したいけれど、私はもっと年上のお金持ちを狙わなければならない。出来れば、お父さまくらい年上の人はご遠慮したいけれど。 「月永さまも最近結婚相手を探していらっしゃるそうよ。私たちにもチャンス、あるかしら?」 意気揚々と、そしてどこか自身あり気に私に問いかけてくるお嬢さまに、私は曖昧に笑って返しておいた。きっとこの方は月永さまを狙っているんだろうな。と思いつつ、私もなんとなく覚えている彼の顔を思い浮かべる。眼差しの強い、太陽のような方だった気がする。 会場に入ると、扉を開けた瞬間大きな音の壁に押し出されそうになった。風圧とはまた違う、けれど後ずさってしまいそうなほど勢いのあるピアノの音が、荘厳に、けれどどこか茶目っ気のあるように跳ねては、会場の人々の耳を奪い去っていく。 「月永さまだわ」 誰かが期待を込めた声で囁いた。会場の奥、階段を登った少し高い舞台のような位置に置かれたピアノの前でまるで踊るように音楽を奏でる橙色の髪は、まさしく渦中の人、月永さまだった。こちらのことなど微塵も気にせず、ただピアノと楽しそうに戯れる姿は無邪気で、私の目には可愛らしく映った。 しかし一瞬、ほんの一瞬だけだけれど、彼がこちらを見た気がした。一度、二度と瞬きをして確かめるように彼を見たが、次の瞬間にはあっという間に再びピアノの虜になっている。先程のは気のせいか。と私は緩く首を振った。 「今日も素敵……」 誰かがうっとりとため息を吐いた。それに皆が同意するような雰囲気は少し異様だけれど、私はそれよりも周囲を見回して、とある男性に声を掛けなければと緊張していた。女癖が悪いけれど実力は確かな実業家である彼に必ず声を掛けなさいと叔母さまから強く強く言われているのだ。私は自然と目が行ってしまう月永さまから無理やり視線を外し、キョロキョロとその方を探す。 やがて見つけた、私と20歳ほど歳の離れていそうなのに若い女性の肩に無遠慮にも手を置いている彼を見つけて声を掛けようと一歩足を踏み出した所で、急に横から手を取られた。 「なぁ!ちょっと来て!!」 「えっ?!」 「ごめん!悪いっ!でも来て!」 見ると先程目が合った気がする月永さまが今度は私を真っ直ぐ見て、強く手を掴んでいた。周囲が俄にざわつくのを背中で感じ取りながら、月永さまは少し早歩きで会場を出て行く。私は何度か彼の名前を呼んだはずなのに月永さまはそれに返事をする事なく、屋敷の庭園にある東屋のような場所にたどり着いた。履き慣れないヒールで、足が痛い。 「あの……、」 月永さま?と声を掛けると、彼は私の方を見ないまま、背中を向けてしゃがみ込んだ。そして小さな声で唸っているのが聞こえた。もしや具合が悪いのだろうかと思い、私は彼に覆いかぶさるようにしゃがみ込むと、背中をさする。 「大丈夫ですか?具合が悪いですか?」 もしかしたら無理やり飲めないお酒でも飲まされたのだろうかと思って、背中をさすりながら彼の顔色を確認すべく前へ回り込むと、月夜に彼の黄緑色の瞳が薄明るく反射した。ぼんやりと灯る照明しかないはずなのに、 彼の瞳は太陽の下にいるかのようにはっきりとした眼差しをしている。 「なぁ!」 「ひゃあ!」 すると彼は、しゃがみ込んだまま体重を私の方に移動し、今度は私に覆いかぶさるようにしがみついてきた。私は突然のことに小さな悲鳴を上げ、尻餅をつく。月永さまはそんな事気にもしないように、私の目を真っ直ぐ見て、言った。 「おれと結婚して!」 「えぇ?!」 「結婚!して!おれと!!」 「な、なんで?!」 思わず崩れてしまった口調にも気がつかない私の頭の中はぐるぐると色んなものが旋回しては微塵に刻まれていく。月永さまは一体何を言っているのだろう。話したこともない私に、突然何を言い出すのだ。この人は。 彼の突拍子もないプロポーズに思わず理由を問うような言葉を返すと、月永さまは私のドレスの裾を膝で踏んだまま、大きな声で叫んだ。 「一目惚れした!」 「えっ?!」 「さっきチラッとおまえを見た時になんか来た!心臓はバクバクするし、作曲しながらピアノ弾いてたのに、続き全然思い浮かばなくなった!仕方ないからおまえを探してフロアに降りたら変なおっさんにビクビクしながら声かけようとしてたから邪魔をした!!悪いっ?!」 「わ、わるい!」 「なんで?」 ぐい、と近づく顔に思わず身をすくめると、月永さまは慌てて私から離れた。尻餅をついた私より早く立ち上がり、手を伸ばしてくる。その時ちらりと叔母様に借りた古いブレスレットが切れて地面に落ちているのが見えた。しかしそんなもの気にならないくらい、私は混乱していたのだ。 「私、私あの方に声を掛けなければいけなかったの。その、私を知ってもらわなきゃ」 「なんで?あのおっさんが好きなの?!」 「ち、違います!でも……」 恥ずかしい。お金の為に彼に声を掛けたいなんて。でも言わなくては。例え月永さまがその場の勢いで言っているとしてもプロポーズの言葉は真に迫っていたのだから。 「あの、うち、お金が無いんです。結婚で、その、」 「あぁ、そういうこと」 月永さまはさっさと私のしどろもどろな言葉から真実を拾い上げ、つまらない、とでも言うように顔を逸らした。恥ずかしい。でも家の為だと身を奮い立たせる。 けれど月永さまから返ってきた言葉はあまりにも予想外で、私は目をチカチカさせた。 「じゃあ大丈夫だ。おれ、あいつの三倍持参金出すから。だからおれと結婚して」 「へ?」 「おれ、金あるもん。金でおまえが手に入るならいくらでも出すし、まだまだ稼ぐし。とにかくおまえの事いっぱい好きになっちゃったから結婚してほしい!絶対!」 「え、えぇ〜」 私の手を無遠慮にぎゅっと握った月永さまの両手は緊張なのか興奮なのか、汗で少し湿っていた。なんだか可愛らしく見えてくる。 「さっきだっておれが無理矢理連れ出したのに、おれに体調悪いか聞いてくれて嬉しかった!優しいんだなって思ったし、ドレス汚れるのも気にしないで膝ついて心配してくれたの、嬉しい」 「だ、だって体調悪くなったのかもって……」 「声も好き。春の風みたいにあったかい」 「そ、そんな、」 「おれの作った曲、外国でも人気だから絶対おまえに苦労させないし、あんな古いデザインのアクセサリーなんてもう付けさせない。だから結婚しておれのこともっとよく知って好きになって!」 月永さまの声が大きいせいで、会場の人たちが私たちに気がついた。ざわつく声が聞こえてきて、屋敷の入り口に人々がこちらを見る為に出てきている気がする。喧騒の中には「月永さま?!」という女性たちの声も聞こえている気がして、私は背筋を冷たくした。 しかし月永さまはそんなものお構いなしで、私の足元に跪き、手の甲を取って一度キスをした。 「お願いします!おれと結婚してください!」 私は恋愛ごとに非常に疎い人生を送ってきたものだから、たった一人の人にこんなに熱心に求められた事など初めてだったもので、すっかりのぼせ上がっていた。 「なぁ、生涯に一度のお願い。おれだけのお姫さまになって」 彼の真剣な言葉に、そして凄まじい熱量にくらくらしてくる。私は跪いた状態でちらりと上目遣いで私を見て来るその瞳に、すっかり魅入られてしまったのかも、しれない。 まずはダンスから始めましょう [prev][next] [Back] |