TOP > 更新履歴 > 記事 金持ち茨に買われるパロ 2024/03/19 20:32 「借金のカタ、という割にはやや貧相ですがまぁいいでしょう」 そう笑顔でもなく怒った様子もなく言い放ったこの男に、父はペコペコ頭を下げながら「恋人すらいたことの無い娘ですので……」と言葉を濁したものの、翻訳すると親が子を紹介する時に言う言葉として、世界一不適切なのではと思えるものだった。 詰まるところ、私が処女である旨を親が、借金の肩代わりをしてくれた男に告げたのだ。これ以上の恥辱と侮辱があるものかと思いつつもひたすら耐えていると、目の前の男は全く興味がなさそうな顔で「そうですか」と呟いた。 誰かと恋愛する時間をくれなかったのは父である。子どもは女の私一人しか授からなかったものだから、父は何を血迷ったか私を男のように育て、商売について学ばせたのだ。私も両親の期待に応えようと化粧もせず着飾りもせずひたすらに学び続けたというのに。結局の所一番父の役に立ったのは私が身につけた商売の知識ではなく、女という部分だった、ということだ。 目の前はとうに真っ暗である。 「色々と都合が良いので」 これからどうぞよろしくお願いします。と無難な挨拶に反して私に彼、七種茨氏が要求して来たのは、彼の部屋に住む人形になることだった。買われた身だ。どうせ男のように過ごして来た自分に任されるのは厳しい下働きや後ろ暗い仕事だとばかり思っていたのに、彼の屋敷に着いた途端丁重に扱われ、女としての使い道を示され戸惑うばかりだ。応接に通されると紅茶が運ばれてきたし、彼は長椅子の隣に座って私の毛先を軽く弄んでいる。 「髪は伸ばしてくださいね。出来るならもう少し」 「あの、七種様」 「茨、で構いませんよ。自分もあなたを名前で呼びますので」 腹黒くて、何を考えているかわからなくて、人一人買って好きに使おうとする性悪なのに、この人はそれにそぐわないほど綺麗な顔をしていた。伏せたまつ毛は濃く、鼻筋はすんなりと通っている。社交の場に行けば美しく聡明で、何より女性として振る舞うに長けたお嬢様方が彼を離さない事だろう。なのに女としての知識などほとんど持っていない私に、それを強要させてくる。 ──性格が悪すぎる。きっと戸惑う私を見て楽しむつもりなのだろう。お父様も馬鹿だ。こんな男に恩を受けてしまった。きっと死ぬまで搾取されてしまうというのに。 「茨、様。私は茨様がお仕事の間は何をしていたらよろしいでしょうか」 彼がほとんど仕事で家を空けていることは容易に想像出来た。なので部屋の主が家を空けている間は何か仕事をもらえないだろうかと思ったのだ。すると茨様は、何か考える風に斜め上を見た後「特に何もしなくていいですよ」と言う。私は面食らって彼を見つめると、綺麗な形の目を細めて続けた。 「我が屋敷は人形の手を借りるほど、人手が足りてないわけではありませんので」 「……!!」 そこでようやく、ようやく自分が丁重に扱われていたわけでは無いことを私は理解した。使い道がないからこそ、自分の部屋に置いて人形にしようとしただけ、ということだ。恥ずかしい。己の価値を全くもっ理解していなかった。 「……さ、」 「はい」 「差し出がましい事を言い、申し訳ありませんでした……」 「いいえ」 震える私の声に対して、茨様は淡々と返事をすると、また私の髪の先をいじり、そのまま後頭部を掴まれ彼の方を向かされた。思わず息を飲む。じっと見つめる彼の視線はそのまま、ゆっくり顔を近づけられて私は思わず目を閉じる。何をされるかの予想がついた気がして怖くなって閉じる目に力を入れると、予想した感触は訪れず、代わりに耳元でそっと囁かれた。 「あんたの仕事は、俺が欲しい時に拒否をせず差し出す事ですよ」 一瞬思考が停止したけれど、数秒してからその意味に気づき、頬がカッと熱くなる。最低な言葉に怒りと、それから羞恥が耳から入り込み、全身の血管で暴れている。 「なんだ、男として育てられたっていう割には耳年増ですね」 「ちっ、ちがいます!ふざけるな!」 「おや、くだらない反発はやめてくださいね。面倒なので」 自分は次の仕事がありますので。と淡々と言うと、茨様は応接を出て行った。もはや何を憎んでいいかもわからない。とにかく私が理解したのは、ほとんど触れられていないというのに、苦しみを覚えるほどに辱められたのだということだけだった。 それからは今まで着たことのない、本当にお人形のような服を着せられる辱めを受けながら毎日過ごしていた。今までもっぱら着る物といえばシャツにスラックス、ジャケットだったというのに、ここに来てからというものそれらに袖を通す事は無くなった。代わりにブラウスやスカート、ワンピースやドレスを着る毎日で、侍女が髪を纏めたりお化粧を施してくる。今まで本当に男になったつもりはなくとも、男と同じ場所に立てるようにと商売について学んで来たというのに、それらはこのワンピースやお化粧品よりも無価値だったという事だ。やるせなくて涙が出そうである。 「本日は旦那様がお帰りになるそうですよ」 侍女が少し声を弾ませて言った。あの性格を差し引けば、茨様は良い主人だ。この屋敷の人たちが皆影で文句も言わず活き活きと働いてるのが良い証拠である。なのでこの侍女も純粋に主人が帰ってくることを喜んでいるのだろう。 「……そうですか」 そっけない返事をして、私は窓の外を見た。少し前なら今頃父の書斎で書類仕事を手伝っていたというのに、今の私がやることといえば、身支度が終わったら庭を散歩して、ベンチで学問ではなく物語の本を読み、厨房を借りておやつを作り、それを今日帰ってくるらしい茨様の為に包んでおくくらいだろう。脳細胞が溶けて、溢れて、流れ出しそうだ。 「ただいま帰りました」 「お帰りなさい茨様」 頭を下げると、視界にひらひら揺れるスカートの裾が目に入った。それだけで泣きたくなるけれど、泣くわけにはいかない。私の仕事が待っている可能性があるからだ。身を清めたのも、それが理由である。 「今日は何を?」 「庭で本を読んで、薔薇を摘んでジャムにして、それからスコーンを作りました」 「いいですね。非生産的です」 ズン、と彼の言葉が心臓に刺さる。今まで生産性のある事を学んで来たはずの私が何も生み出さないことをやることで道化にされている気がした。けれどそれくらいで嘆くほど、恥辱に塗れていない。心だけは高潔にと念じながら、彼の言葉に甘えるような笑顔で答えた。 「その、楽しかったです。茨様にスコーン食べていただきたくて頑張って作ったんですよ」 ようやく慣れて来た愛想笑いは、上手く機能したようである。茨様は機嫌良さそうに私の腰を抱えると、声高に笑った。 「あっはっは!いいですねぇ。たまに帰ってきた時くらい、あなたのおねだりに応えましょうか」 「はい」 では準備させますと言おうとしたところで、先ほどよりも強く腰を引かれた。ついハッとして茨様を見ると、真剣な瞳と視線がぶつかった。 とうとうか。と私は体を硬くする。つい、いつぞやのように目を閉じて彼がこれからする事を受け入れようとした所で、暗い視界の中、鼻梁に優しく柔い感触が二度ほどしてから、そっと気配が離れた。 「……茨様」 「ほら、行きますよ」 「は、はい」 今日はこれで終わり。とでも言いたげな彼の背中を追って、私はワンピースを翻しながら茨様の私室を出た。鼻筋に感じた甘い感触と、頬をくすぐってきた髪の感触が混ざり、脳をぐつぐつ沸騰させてくる。 『あんたの仕事は、俺が欲しい時に拒否をせず差し出す事ですよ』 こう言われたのは確かである。が、私はこの言葉の意味を間違えていたのだろうか。茨様が今の所私を寝室に引きずり込む事はないし、戯れ程度にこうして軽い口づけが降ってくるだけなのだ。 わからない。と、私は思考を曇らせる。やがてそっと手に彼が指を絡ませてきたので、それに対して笑顔で優しく握った。 「あなたが女性だと知ったのは非常に幸運でした。ずっと男性だと思っていたので」 こんな事を、最近茨様はよく口にする。私は人形らしく、道化らしく、とぼけた風に言うだけだ。 「茨様が私に女性としての楽しみを教えてくださったんですよ。今とても楽しいです」 そうですか。と言う彼の声は、かつて仕事の場で聞いていた声音とはまるで違う気がする。 けれどもうそんな些事、どうでも良い事だ。 [prev][next] [Back] |