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凛月の鬼パロ
2024/03/19 21:27

 その日私は、一つの決断をしたのに。

「おい〜っす。ねぇ、ご飯食べさせて」

 凛月がひょこりと私の家を訪ねてきたのは、三日ぶりの事だった。村の外れ、山に近い場所に住んでいる彼と兄の零兄さんは、こうしてたまに市場に寄る為に村まで来ては、私の家でご飯を食べて行く。

「いらっしゃい凛月。今準備してるから」
「ありがと〜。お母さん達はまだ帰ってこないの?」
「うん。零兄さんは?」
「知らない。都にでも行ってるんじゃない?」
「お仕事か。大変だね」
 そこで私はふと、今日聞いた噂話を思い出す。
「そういえば最近、都に鬼が出たって聞くよ。零兄さん大丈夫かな」
「は?大丈夫でしょ〜。むしろ連れてかれれば?って感じ」
「またまた」

この国には鬼が住んでいる。どこか深い山に住処を構え、人を攫っては食糧にしているという。
 彼は勝手知ったる、という具合に草鞋を脱いで家に入ってくると、囲炉裏の前に座って棒で灰を掻いた。今日も作りすぎてしまった鍋の中を見て、美味しそう。と呟いている。
私はおひつの中のご飯をお父さん用の大きな茶碗に盛ると、彼の前に出した。

「お父さんたち家を空けてそろそろ一月になるから、帰ってくるのもう直ぐだとは思うけどね」
「ふ〜ん」

 自分で聞いたくせに少し興味なさげに彼は相槌を打つと、ご飯を平らげていく。両親が帰って来そうな時期になると毎日沢山ご飯を作ってしまう私からしてみれば、とてもありがたい。
 私の両親は全国を周って行商をしている。たまに帰ってきてはまたすぐ出掛けてしまうから、男の子である凛月や零兄さんがたまにこの家に寄ってくれるのは、私にとっても両親にとってもありがたいのだ。安全な村の中にいても暴漢や強盗がいないわけでは無い。そんな時、幼い頃から仲の良い彼らは私の心の支えになってくれる。

 けれど私は今日、彼に一つ告白する事があった。食事を終えてお茶を淹れて一息吐いてから、緊張して震えそうな喉を抑えて口を開く。

「あ、あのね、凛月。こうやって会えるの、もう最後かもしれない」
「……は?」

 彼の赤い瞳が丸くなった。思わず湯呑みを落としそうになったのか、自分で気がついて持ち直している。けれど言わなくてはならない。凛月は、私の初恋の相手だ。

「私、村長の息子に嫁ぐことが決まった…んだって。勝手だよね。うちはまだお父さんもお母さんも帰って来てないのに」
「……」
「凛月達がいない時よく揶揄われたりしてたんだけど、それは愛情の裏返し?なんだって…なにそれって、感じだよね。でも村長の言う事なら嫌って言えないから」
「……なに、それ」
「だから、今まで沢山助けてくれてありがとう凛月。零兄さんにもそう伝えて。そ、それからね」

 私は勇気を出して伝えようと思った。ずっと凛月の事が好きだったと。けれど開こうとした喉が動かない。

「……?!」

 違う。喉だけではない。身体全てが固まってしまったように動かない。指一本、髪一本すら自分の物では無くなったように動かす事が出来なくなってしまった。
 小さな家に、凛月の透明感のある声が響く。彼の存在感が、家の中で張り詰めるように大きくなる。

「……はぁ、馬鹿な人間ども」

 彼のため息に、言葉に全身が恐怖を感じている。ビリビリと、耳が痺れている。
 凛月がゆっくりと、囲炉裏の前から立ち上がって向かいに座っていた私の横に来た。しゃがみ込んで、私の髪に触れる。
何か、山みたいに大きいものが近付いてきたような威圧感に、体が動けば、きっと腰を抜かしている。

「折角あんたがいるからこの村には手を出さなかったのにねぇ。大方あんたを息子の嫁にして、俺たちを制御しようとでも考えたんでしょ。村長のやつ、恩を仇で返して……馬鹿だよねぇ」

 でも、もう約束は反故。おままごとは終わりだよ。
 彼はそう呟くと、私を抱えて外に出た。叫びたいのに、勿論声は出ない。
 すると彼は私を抱えたまま、勢いよく跳び屋根の上へと登った。そのまま屋根伝いに、山の方へと向かって行く。
気がつけば、彼の着ている着物がすっかりと変わっている事に気がついた。

 白い着物に臙脂の袴着。黒い袖は、都で囁かれていたらしい、鬼の特徴ではないか。

「り、りつ…りつ」

 なんとか引き絞った喉で、彼の名前を呼んだ。けれど彼はさも聞こえていないように段々とスピードを上げ、山へと向かって行く。

「りつ、村の人は、襲わないで……」

 どうしても言いたかった事だけを口にして、私は気を失った。私は理解していた。
 彼らが都で、村で囁かれていた鬼だったのだ。

「……さぁね。そればっかりは気分次第かなぁ」

 凛月はそう呟くと、彼女を抱え直して山へと向かった。

 自分達の食糧でしかない人間に小さな興味を持って覗きに行った村で、彼女に偶然にも見つかってしまった。
どうしたの?どこの子?と興味津々で聞いてくる彼女に、幼い凛月は呆れ果てた。人間というものは、鬼の気配すら察する事が出来ないのか。と。
けれど彼女と接して行くうちに、彼女の全てが凛月の心を掴んで離さなくなった。気付いたのはきっと村長の息子なんかよりも、遙かに前の事だ。
鬼は自分の物を取られる事を激しく嫌う。それを思い知ればいい。
 すっかり気を失ってしまった愛おしい娘を大事に抱えて、凛月は山を一つ、二つと越えた。段々と深くなる山間に、これから始まる彼女との生活に鬼はほの甘い夢を見るのだった。
 



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