TOP > 更新履歴 > 記事 日和とご縁で一緒になる 2024/08/09 22:42 「せっかくご縁で一緒になったのだから、末永くよろしくね」 所詮家同士が決めた結婚だと言われたらそれまでではあったけれど、それでも婚姻相手の彼、巴日和さんはとても友好的であったし、きちんと礼を尽くしてくれる人だった。見た目が華やかなのもあって社交の場でもあれこれと噂が絶えない人ではあったけれど、それこそ周りが勝手に彼の言動を切って繋げて作り上げたものがほとんどだったのだと思う。 それくらいの誠実さは感じたので私からはもう何も言うことはない。巴財団との結婚を喉から手が出るほど欲しがったお父さまの思い通りになったのは癪だけれど、少なくとも私は幸福だと思えたのだ。 しかし一つ困ったことと言えば、主に夜のことだった。社交の場で少し会話しただけの間柄だったのに結婚した途端毎晩のように夫に求められるのは正直困る、と侯爵家に嫁いだ友人が茶会の時に言っていたけれど、私はまさに逆のパターンだった。 「おやすみ」 「おやすみなさい」 同じ寝室で同じベッドに入るまでは、きっと普通の夫婦なのだろう。決して社交の場では見せないであろう、あくびをしてベッドの中に入り込む日和さんはなんだか可愛らしいし、正直いきなり求められても応じられるだけの度胸が私にあるかと言われれば微妙だ。けれど結婚してからキスだって数えるくらい、しかも唇ではなく額や頬がほとんどの私たちは、夫婦というよりも仲が良すぎる友人、くらいの立ち位置な気がした。 そこで私は彼の最初の言葉を思い出す。せっかくの縁で一緒になったのだから、と言った日和さんの言葉はとても誠実で、私はその言葉で彼のことを愛していけると確信したものだけれど、反面彼はその言葉の奥にどんな真意を隠していたのかということはわからない。女として愛していける自信は無いけれどそれでも縁で一緒になったのだから、というニュアンスかもしれないし、そもそも好きな女性がいたのを隠して結婚した可能性だってある。 そう思うと切なかった。自分が女性として愛されないかもしれないからではなく、家の為にあの言葉で上手に事を運ぼうとした日和さんの健気さに私は一人、彼の細い寝息を聞きながら目を潤ませた。 そんなこんなで、恋という感情をひとっ飛びで飛び越えてもはや母が抱くような、愛に近い感情を勝手に抱えた私は、もう後継ぎ産まなくてはとか、夜の生活についてとか、そういうことはどうでもよくなった。それよりも健気に家と私を大切にしてくれる日和さんの為に何かしたい思いが強くなってしまい、俗物的な欲求が霧散してしまったのである。 「今日は何をしていたの?」 その日は寝る前に少し時間があったので、メイドに頼んでハーブティーを淹れてもらった。日和さんはありがとうと笑ってカップに口をつけてから「おいしいね」と藤色の瞳を細めた。ホッとできる時間を提供出来たことがこの上なく嬉しくて、私は機嫌良く彼の質問に答える。 「今日は外国語のお勉強と、それからメイドたちの業務見直しの為の意見を聞いて回りました」 「成果はどうかね?」 「外国語は簡単な挨拶程度なら。メイドたちは休憩の時間を変更した方が効率がよさそうとの事で、執事と検討してみます」 「うんうん。今日もお疲れさま」 「はい」 間接的にではあるけれど、きっと日和さんの役に立てただろうと私は一人満足げにお茶を飲み込んだ。ベッドに並んで座って、ほとんど同時にカップを置いて、ほんの数瞬の間二人して黙り込む。考えなしに日和さんを見上げて目を見つめると、ほんの少し眉を寄せた彼と深く目があった。逸らすのも変で綺麗な瞳を見つめていると、日和さんの手がそっと私の頬にかかる。もしかしてキスかしらと潔く目を閉じれば、案の定本当に軽く、そっと触れる程度の柔らかい感触が唇に落ちてきた。微かに彼の緩いウェーブのかかった髪が頬をくすぐってきたのが無性に愛おしい。やがて離れていった彼の顔を見つめると、切なそうに眉を寄せていた。 「……」 あんなにお話好きの彼が全く喋らない不思議な空気が漂う中、せっかく日和さんが夫婦らしくしてくれたのだから自分も返さなければと、彼の髪をそっと耳にかけてあげると、赤くなった耳がちらりと見えた。 「かわいい……」 母性のような何かを内包した言葉をうっかり発した私は、勢いそのまま日和さんの赤い耳を指先で優しく揉んだ。赤いせいで少しだけ熱い日和さんの耳の熱を指先で感じながら、耳たぶをそっと撫でる。 「ぅわ、」 日和さんがピクリと肩を揺らして小さく狼狽えたような声を出したのがかわいくて、そのまま体を浮かせて唇を熱くなってる耳に寄せる。パクッと唇で挟むように耳に口付けると、日和さんがいつもとは違う声で私の名前を呼んだ。 「あ、すみません……いやでしたか?」 かわいいという感情が先行してしまってついやり過ぎたかと思って日和さんから離れると、そのまま視界は一気に反転した。天井を覆い隠すように耳だけではなく顔も赤くした日和さんが、微かに瞳を潤ませて私を見おろしていた。 「なんてことするの」 「すみません、つい……」 愛おしくて。と言おうとして、私は口をつぐんだ。あまり女性として見てない女からそんな事をいきなり言われたら、さすがの日和さんでも困ってしまうと思ったからだ。 すると日和さんが口を尖らせながら「ついって、なに?」と囁いたかと思ったらそのまま顔を近づけてきたので思わず目を閉じる。すると先程のお返しなのか、私の髪を耳にかけた彼はそっと耳を指で撫で、そのまま唇でなぞってきた。反射的に身体が反応して小さく悲鳴をあげると、今度は耳たぶを甘く噛まれ、そのままちゅっという音が何度も耳元で響いた。さすがに恥ずかしくて彼の名前を呼んでもうやめてほしい事を暗に告げれば、顔を上げて私と目を合わせた日和さんは、いつもと全然違う顔をしていた。 「ひ、ひよりさん、」 「なに?もう待たなくていいって事じゃないの?」 待たなくていいとはどういう事だろうと思ったけれど、その思考は日和さんの上がる呼吸に押しつぶされた。聞いたことのない熱い吐息もそのままに、日和さんが私の寝巻きに手をかける。小さく名前を呼んでくる声はそういった知識のない私ですら彼が興奮している事を理解させてくるように、ダイレクトに耳に押し込まれてくる。 「ね、もういい?ぼく沢山沢山待ったね。そろそろぼくも、ご褒美がほしい……」 「ご褒美、」 「きみのことが大好きなのに、隣で眠っててもきみが許してくれるまで絶対に手を出さないように頑張ったね。ご縁で一緒になったのだから、絶対に嫌われたくなくて。ねぇ、キスしてくれたって事は、ぼくの事を好きになってくれたってことだよね?」 「好きです。日和さんのこと、愛してますもの」 真っ直ぐな愛の言葉に心臓を逸らせながらも率直にそう言うと、日和さんは男性なのに、花が開いたように笑った。紅潮した頬は可愛くて、私は思わず彼の頭を撫でる。 「子ども扱いはやめてほしいね。今からきみに手を出そうとしてる男に向かって」 「私のこと好きになってくださって嬉しいんだもの。ありがとうございます」 寝巻きの前を開かれたままそう言えば、日和さんは一瞬きょとんとしてから、また一度髪を耳にかけて、ちゅっちゅと私の耳に口付けを落とした。くすぐったくてくぐもったような声を漏らせば、日和さんは耳元で、そっと呟いた。 「ぼくこそありがとう。ぼくの片想い、叶えてくれて嬉しい」 熱い指が、一度しっかり私の手を握ってくれた。愛おしいの感情に恋も入り混じった私の日和さんへの想いは、これからも日々成長していく事だろう。 [prev][next] [Back] |