TOP > 更新履歴 > 記事 斑の執事パロ 2024/08/09 22:46 「おはようございまあす!朝ですよ!!」 目覚ましにしては大層音が大きい。私はゆっくり目を開けると、そこにはいつもと変わらない眩しい笑顔と、空気の壁が迫ってきたような謎の圧をまとった私の執事が眼前に迫っていた。 「朝だぞお、お嬢さま!いい加減起きないと家庭教師の先生が来てしまうからなあ!」 「……おはよう、斑」 彼の言葉を半ば無視するように身体を起こせば、先ほどまで私に視線を合わせるためにしゃがみ込んでいた斑はスッと立ち上がり、恭しく礼をした。こうして見ると彼の顔や姿勢の美しさが際だって、窓から差し込む朝日でさえ彼の味方をしているようだ。 「あなたは朝からきれいね」 「とんでもございません」 にこっと笑うその顔も、まるで劇団の主役みたいで、うちのような一介の貴族に仕えているのがなんだかもったいなく感じてしまう。 「お嬢さま。本日のお召し物はこちらでいかがですか?先日作らせてまだお召しになっていないものです」 「そうね、素敵。……私には、もったいないわね」 「……」 寝間着姿でただでさえみっともない格好をしているのに、私は自らそれに輪を掛けるように自虐を吐いた。 けれど許して欲しい。計8回目の縁談が、昨日反故になったのである。 先方からは特に理由は言われないままの不可解な反故は今までにもあったから、追求するのも億劫になってしまった。ドレッサーに座り、鏡を見ながらぺたりと頬をさわる。私、そんなに人を不快にする見た目なのかしら。と、悩むのもこれが初めてではない。むしろ最初の方はもっともっと落ち込んだものだけど、そろそろそういった感情もすり切れつつあった。幸いにも兄がいるのでこの家の血が途絶えるわけではないから、もう縁談を持ってくる父を止めようかとも思っている。 でも、もう希望の絞りかすさえも出てこない程度には、落ちに落ち込んでいた。 「お嬢さま、どうした?今日は元気がないなあ」 執事の斑が、丁寧に髪を梳いてくれながら言う。少し前までメイドが受け持ってくれていたこの仕事も、当時の担当メイドが私のドレスに針を仕込んでいたことが発覚してから、わざわざ執事である斑が担当してくれるようになった。婚約者にもメイドにも嫌われている、自覚はないけれどきっととてつもなく嫌な女である私の世話を丁寧にやってくれる斑に、私もついつい甘えてしまっているのだ。 「なんでもないわ。今日は礼儀作法の先生がいらしてくれるのよね。彼女はセイロンティーにオレンジを添えたものがお好きだから斑、お願いね」 「かしこまりました。お嬢さまのお心遣いはすばらしいなあ。俺も気を引き締めなくては」 「そんな……全然大したこと、ないわ。私、いろんな人に嫌われているもの」 「……」 「斑も本当は嫌でしょう私の世話なんて。ごめんね。早くお父さまに言って新しいメイドを付けてもらうから」 斑がまとめた私の髪にピンを刺した。それが少し、頭皮に刺さる。 「……例えお嬢さまが誰に嫌われても、俺は愛しく思っていますよ」 「そんなお世辞、いいわ」 斑が優しくしてくれればくれる程、彼の優しさに甘えきってしまう自分がいる。それではいけない。例え誰にも愛してもらえなくても、自分の足で立たなくては。 「……最近はね。もし結婚出来なかったらもっと田舎に移り住んで、のんびり自給自足の生活を送るのもいいなって思っているのよ。結婚が全てではないかなって」 そうすれば誰にも迷惑をかけずにいられるかもしれない。斑に会えなくなるのは寂しいけれど、彼がいる限り甘えてしまうのだからいっそ離れた方がいいのだ。 ちら、と鏡越しに私の背後に立つ斑を見た。 その笑顔のあまりの温度の無さに、私は背筋を凍り付かせる。 「……そうかあ。なら俺は、お嬢さまに付いて行かせていただきたいなあ。必ず役に立ちますよ」 「そんな、いいわ……」 そう言い掛けた時、屋敷の柱時計が鳴る音がした。 「おっと、もうこんな時間だなあ。お嬢さま、食堂へどうぞ。俺は後から参ります」 その言葉に押し出されるようにして、私は部屋を出た。最後の方、なぜ斑の機嫌が悪くなってしまったのかがわからなくて、また私の気持ちは後ろに向く。また知らず知らず嫌われてしまうのかと思うと、悲しくて涙がこぼれそうになった。 斑にだけは、嫌われたくないのに。 「……」 部屋の主人がいなくなった後、斑は内ポケットから一通の手紙を取り出した。宛先はお嬢さま、差出人は以前彼女付きのメイドとして働いていたのに、彼女のドレスに針を仕込んだとして解雇になった新人メイドからだ。 『お嬢様、信じてください。誰にでもお優しく、私が最も敬愛する貴女様に、どうしてあんな卑劣なことをしましょうか。私ではない屋敷の誰かがやったとしか思えません。どうかどうか、お嬢様に危害を加える者などおりませんように』 妙に整った筆跡は、きっと誰かに代筆してもらったのだろう。あのメイドは字なんて書けないはずだ。だから工作しやすかったというのに。 「……」 その手紙を、斑はびりびりと破いて暖炉の中に放った。この真実は、彼女が生涯知らなくてよいものだ。 あと何件縁談を潰せば彼女は他の男に嫁ぐことを諦めてくれるだろう。指折り数えながら、斑は待つだけである。 [prev][next] [Back] |