TOP > 更新履歴 > 記事 紅郎が誰かの弁当を作った 2024/08/09 22:46 ESビルは内部に録音スタジオ撮影セットがあってありがたい。蓮巳敬人はこのスタジオを何時まで借りられるかをもう一度確認しがてら、休憩ブースに入った。幸いにも今日はこれ以降紅月以外にスタジオを使用する人はいないようなので、一応使用時間の延長申請をホールハンズで行っておく。時間内に終わらせる気ではいるが、念の為、というやつである。 時刻はちょうどPM2時。颯馬が午前中だけ別の仕事に行っているので年上二人は彼の帰りを待ちがてら昼食を摂ってしまおうという計算だ。 「ほらよ旦那。簡単で悪ぃけど」 どん、と鬼龍が蓮巳の目の前に置いたのは大判のハンカチで包まれたタッパーだった。今日は蓮巳の分も弁当を作ってくると申し出てくれた鬼龍に甘えたので、自分は代わりにもならないがお茶を買っておいた。蓮巳はそれをそそくさと取り出す。 「いや、準備してもらってすまない。よかったら茶をもらってくれ」 「おぉありがとな。喉渇いてたから助かる」 鬼龍はお茶の蓋を開けるとぐいぐいと飲んでから、自身のタッパーを開けた。中には満月のように丸く黄色い卵がつやつやと広がっていた。端っこに茹でたブロッコリーやプチトマトが飾ってあり、彩りも綺麗である。 「オムライスか。うまそうだ」 「旦那も同じもんだぜ」 「そうか」 作ってもらった弁当はなぜか心が躍るものだ。蓮巳はゆっくり自身のタッパーの蓋を開ける。中にはやはりつるんとした薄焼き卵が美しいオムライスがみっちりと詰まっていた。 「朝から準備大変だっただろう」 「いや、ついでだしな。一人分作るならあとは何人分増えようと変わりねぇよ」 あぁ、とそこで理解する。彼は半年前から寮を出て一人で住み始めたのだが、昨日から今日にかけて彼女が泊まりに来ていたのかもしれない。 勿論明言されたことはないので、推測でしかないのだが。 「薄焼き卵に水溶き片栗粉を入れるとこういうつやつやでもちっとした弁当向けの薄焼き卵が出来るって聞いてよ。やってみたくなったんだ」 鬼龍が持ってきてくれたスプーンでオムライスを崩す。中身はチキンライスで、玉ねぎやピーマンが多めのヘルシーな作りになっている。口に運ぶとほんのりバターの甘い香りがして、ケチャップとの酸味が心地よい。 「うん、うまい。相変わらず料理が上手だな貴様は」 「お褒めに預かり光栄だぜ」 ニヤッと笑うイタズラっぽい顔に呆れたような笑いを返して、蓮巳はスプーンを進めた。ミニトマトを食べ終えると弁当箱の隅がぽっかりと空く。思わずそこに目を向けると、にんじのんを茹でたものが間に差し込まれていたことに気づく。それをそっと出してみると、輪切りのにんじんがうさぎの形にくり抜かれたものだった。真ん中のうさぎ型になっているであろう部分は、蓮巳の所にはない。 「あ、それ旦那の方に入ってたか」 鬼龍が何でもないように言った。ちょっと楽しそうに笑う顔はいつも見ているようで、見ていない気がする。 「そうやった方がかわいいと思ってやってみたんだけどよ、さすがに気恥ずかしくなって結局卵の中に隠しちまったんだよな。時間が経ってみるとそこまで恥ずかしくなかったかもしれねぇな」 うさぎ型のにんじんが一体誰の弁当箱に入っているかは、蓮巳は聞かないでおいてやろうと瞬時に思った。カップルの惚気を間接的に聞いてやるほど、蓮巳も暇ではないのだ。 そこで不意に、テーブルに置いていた鬼龍のスマホが鳴った。彼は片手ですいすいと操作すると、なんとも言えない困った笑顔をスマホ画面に向けている。 あぁ気づいてもらえたのか。よかったな。などと思いながら、蓮巳はオムライスのケチャップが一部掛かってしまっているにんじんを口に放り込んだ。舌に乗ったそれが一際甘いのは、きっとにんじんだけのせいではないはずだ。 [prev][next] [Back] |