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夏目と花火が見たい
2024/08/09 22:49

 少しくぐもったような破裂音がドン、と一つ聞こえた。脳内でその後にきっと鳴っているであろうパラパラと火花が空に散っている音を予想して思い切り窓を開けて、私はベランダへと出た。サンダルを引っ掛けて柵に手をかけ身を乗り出してみる。身体を左右に揺らしてなんとか見えないかと試行錯誤してみたけれど、生憎とその音の元を視認することは出来なかった。

「え、なに。どうしたノ?」

 後ろから少し動揺したような夏目くんの声が聞こえて私は振り返る。ちょうどお風呂から上がった彼はタオルを首にかけたまま、ちょっとよれたTシャツ姿だった。この暑い中、私がベランダをウロウロしていることに驚いたのだろう。私は音の方を指差す。

「あのね、今日うちの近くで花火大会あったんだった」
「へェ」
「でね、音が聞こえたから見えないかな〜って」

 そう言ってる側から、またドン、ポン、と軽快な、けれどどこか身体にズンと響くような音が聞こえる。2人で外をもう一度見たけれど、遠くの空が少し明るく煙っているくらいしかわからない。

「この辺高い建物多いもんね。そのちょっと先が海だから、そこでやってるんじゃないかなぁ」
「残念。ここで見れれば夏の花見酒が楽しめたのにネ」
「夏の……なに?」

 夏目くんがなんだか洒落た事を言った気がするが、要は既に手に持っている缶ビールを開けようということらしい。確かに家で優雅に花火を見ながらビールを飲めたら最高だけれど、現実はそうもいかないのだ。とりあえずまたドンドン、と重なって風に溶ける花火の音を聞きながら、缶ビール同士をボヨンと突き合わせた。よく見たら夏目くんのビールは糖類0%のやつである。

「じゃあ夏の花聞き酒、かんぱーい」
「はい乾杯」
「折角洒落た事言うから乗ったのに〜」
「センスがないネ」

 相変わらず辛辣である。私はムッと彼を見てから缶ビールを呷った。冷房の効いた部屋で飲むのも美味しいけれど、蒸し暑い空気の中、手に持った缶だけがキンキンに冷えた状況で飲むビールも美味しい。冷たいビールが体のどこを通ってるか感覚で分かるのがなんともいえない。

「暑いから戻るヨ」

 左手に缶ビール、右手に私の手を持って、夏目くんは部屋へと戻った。少し湿気た空気が入ってきていた部屋が再び冷やされていき、覆い被さってくるような蒸し暑い空気を背負っていた背中がすっと軽くなった。その間もしきりに、花火のトンと体を打ってくるような音が鳴り響いている。

「花火いいよね。行くにはちょっと暑いし無理だけどさ。線香花火出来るくらいベランダ広ければよかったな」
「ボクもプライベートでは見ないナ。Switchは花火とか上がるイベントに呼ばれる事が多いからそこで見ることはあるけどネ」
「それは私もそこで見てるわ……」

 Switchが出演するライブは、演出で花火を使う事も多い。死ぬ気で取ったチケットを片手に見る花火も素晴らしいが、夏目くんとのんびり二人で見る花火も素敵だろうな、とついつい一瞬妄想に耽っていると、そんな私の思考を読むように目を細めた夏目くんがツンと、向かいに座る私のふくらはぎをつま先でつついた。

「ボクと二人っきりで花火見たいなラ、頑張ってタワマンとかに住んでヨ。そしたら花火なんて見放題だシ」
「な、なんで私が一人でタワマン買わなきゃいけないの……?手伝ってよ」
「手伝ってほしいノ?」
「そりゃあ……」

 そうでしょ。と言おうとして、私は一拍置く。その間に丁度よく、また花火の音が差し込まれた。窓を閉めたから先ほどよりくぐもって聞こえるそれは、私の口に出し難い本音を表しているようである。

「……ノーコメント」
「ハハ、ボクも」

 また夏目くんが私のふくらはぎをつつき、器用に足の指でつまむようにつねってきた。既に酔っ払っているのかと思ったけれど缶はまだまだ重そうだ。彼は本当にたまにだが、子どものような悪戯をする。

 ノーコメントと言った私に彼が賛同してくれて、正直ホッとしている。私は夏目くんの彼女ではあるけれど、反面まだ彼にはひと所に落ち着いて欲しくないという不思議な感情を日々抱き続けている。ずっと一緒にいたいのは本心だけれど、それは手に取れるほど近い未来の話ではないのだ。
 まだ、その時期ではない。


 ドンドンドン!と先ほどよりも性急に、花火の音が連続で鳴り響く。フィナーレ前の盛り上がり部分なのだろうか。話題も話題だったからか、二人とも口を開かずに暫しその音を聞きながら、缶ビールを傾けた。美しく散る花火が見えるわけでもないその破裂音は決して美しくないし、清涼感もない。けれど夏しか聞けないのがなんだか切なくて私は目を閉じて聞き入る。いつか見た気がする花火が、その音でなんとなく瞼の裏をよぎった。
 一人そっと目を開けば、夏目くんがじっとこちらを見ていた。

「び、びっくりした。なに?」
「君、そんなに花火好きなノ?」
「いや見れたら綺麗だけど……」
「フゥン」

 それだけ言うと、夏目くんはその話題に興味を無くしたかのようにぷいっとそっぽを向いた。そこで私はピンと来る。

「ねぇ!もしかして私の誕生日とかにオリジナルの花火とか上げようかなとか考えてくれてる?」
「……ほんとにセンスないネ」

 心底呆れたような声で彼が言った。そんな私達を嘲笑うように、フィナーレらしき花火の音が、ひときわ大きくドンと鳴ったのである。


 一年後、花火大会の日に近くのホテルのスイートルームを彼が取ってくれる事を私はこの段階では、勿論知るよしもないのである。

「は、ハイセンス!」
「君のセンスが絶望的なだけでショ」

 缶ビールがシャンパンに変わって、狭いベランダが広いガラス張りの部屋になった。   
私たちも、空に溶ける花火も、何も変わっていない。



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