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マヨイの執事パロ
2024/08/09 22:50

「はい、アン、ドゥ、トロワ……」
「……」
「お嬢さま、表情が硬いです。ダンスは体捌きだけで踊るものではありませんよぉ」
「……」
「ヘラッと笑うだけではいけません。もっと優美に、口角を上げて微笑みなさい」
「……」
「ほら、足が疎かになっていますよぉ。淑女たるもの、パートナーの足を踏むなんてことがあってはなりません」

 ここでようやく曲が終わったのか、ダンスルームが一瞬でシンと静かになった。密着させていた身体を離し、ドレスの裾を持ち上げて互いに美しく一礼。これでようやく終了だ。

「もうだめ」

 私はそのままダンスルームの床に吸い付くように倒れ伏した。ずっと伸ばしていた背筋はビキビキと痛いし、口角は痙攣すらしている気がする。ずっと動いていたのに突然止まったからか、汗が今になって止まらない。

「お嬢様お疲れさまでした……大丈夫ですかぁ?」
「だめよ。明日絶対筋肉痛だわ」

 項垂れる私に対して、相手役兼指導役を務めていた執事のマヨイは汗ひとつかかないまま、姿勢良く私を見下ろしていた。けれど「おや、」と何かに気がついた様子の声を上げてから、床にへばりつく私の横にしゃがみ込みハンカチを手に汗を拭いてくれる。

「ふふ、以前よりは上達して参りましたから。身体が軋むのはその部分の筋肉が成長している証拠ですので……」

 とんとん、と汗を吸い取るように拭いてくれたマヨイは、そのハンカチをそっと胸ポケットにしまいこんだ。もちろん私はそれを見逃さない。

「待ちなさいマヨイ。そのハンカチ私が洗いに出すわ。だから貸して」
「ヒィッ」

 ギクっと身体を揺らしたマヨイは、そのハンカチを渡すまいとしているのかポケットを手で押さえている。先ほどまであんなに鬼教官だったくせに、平時に戻るとこの執事はこうやって変態性を垣間見せてくるのである。

「ハンカチ貸しなさいマヨイ!あなた私の汗が付いたハンカチどうするつもり?!」
「ど、どうもしません個人的に愉しむだけですぅう!!」
「あっ!ちょっと!!」

 先ほどまでかなり長い時間レッスンを付けていたせいでヘトヘトの私と違い、細身のくせにまだまだ体力が残っているらしきマヨイは私を置いてさっさとダンスルームから出て行ってしまった。マヨイが出て行ったのを見計らったのか執事としてのマヨイの指示なのか、彼とは入れ替わりでメイドが静かに入ってきて着替えと汗を流す準備が整ってることを教えてくれる。ありがとう。とメイドに伝えると、執事の指示ですと彼女は言った。つまるところ、執事としてもダンスの講師としてもマヨイは非常に有能なのだ。
 頭を抱えたくなる性癖を滲ませない限りは。

「汗なんて、絶対いい匂いなんてしないじゃない。幻滅したって知らないから」

 不貞腐れるように独り言を言えば、メイドがわざわざ聞き返してくれたので手をひらひら振って返事とした。そう、なんだかんだで頭を抱えたくなる性癖を持ったマヨイから目が離せない私も結局変態なのかもしれない。

 汗を流し、着替え終わった所でメイドが冷たいお茶を用意してくれていたのでそれを頂いてると、知らないうちにマヨイが部屋の隅に控えていた。あまりの気配のなさにメイドと二人してビクッとしつつ支度を終えたメイドが下がったのを見てマヨイが近づいてきたので、私はさっきの話題を混ぜっ返す。

「マヨイ。ハンカチ結局どうしたのよ」
「せ、洗濯に出しましたので……」

 嘘だ。確実に自室に持ち帰ったのだろう。けれどもうこれ以上追求出来なくて、私はため息を吐いて諦めた。後は知らない。たとえ汗の匂いに幻滅したってマヨイのせいである。

「ダンスどうだった?前よりは私、上達した?」

 その内開かれる国王主催のダンスパーティーの為にこうしてコツコツマヨイからレッスンを受けているが、元々身体を動かすのが得意でない私にしては頑張っている方である。一応この家の名代で参加する以上
、お父様やお母様に恥をかかせるわけにはいかないからだ。
 するとマヨイはにこっと微笑んでから一度頷いた。

「えぇ。まだまだ未熟な部分は多いですが……この調子でレッスンを重ねていけば問題ないでしょう。筋肉がだいぶついてきたのか最近は普段の姿勢も美しくなってますし……」
「ほ、ほんと?」

 はい。とマヨイがなんの疑いもなく肯定してくれたのが嬉しくて、私は思わず口を滑らせた。安心感のあまり、口からこぼれてしまったのだ。

「その、今はマヨイがお相手だから、上手に踊れるのもあると思うわ」

 あ、しまった。と思って私は思わず俯いた。ほとんど告白のような何か。聡いマヨイが気がつかないはずがない。

「……」

 しかしマヨイは一言も発しないままである。段々とそれが怖くなって顔を上げると、顔面を真っ青通り越して真っ白にしたマヨイが、立ったまま気絶していた。

「えっやだ!マヨイ!誰か〜!!」

 後日彼は妙にモジモジとしながら「あれはそのう……犬で言う嬉ションのようなもので……」と言っていた。その反応に私もどうしていいかわからなくなる。というか仮にも主人の娘に対して言うには適切な表現ではないと思う。
 だけど諦めなくていいことは、わかった気がする。



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