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本音がこぼれた宗
2024/08/09 23:06

「もしもし」

 通話の時、毎度「もしもし」と言ってくる彼の律儀な所がおかしくて、隠れて小さく笑ってから私も「もしもし?宗くん?」とあえて彼の名前を呼べば、「あぁ」と少し満足そうな声で返事が返ってきた。フランスはパリにいる彼との通話における、いつもの始まり方である。

「そっちは今何時?」

 声を潜めてそう聞けば、彼からは時計を見ているような少しの間隔の後、夕方の五時だよ。と教えてくれた。

「あれ?時差おかしくない?こっち今深夜の0時だけど」
「サマータイムがあるからね」
「へぇ〜」

 耳慣れない単語に意味がよくわからなかったが、とりあえず納得したという形を取る。

「今日は仕事とか大丈夫なの?」
「もう終わった。そちらは夜遅いだろう。すまないね、合わせてもらって」
「明日休みだから普段も全然起きてる時間だよ。大丈夫」

 彼を安心させる為に言ったのに、そもそも普段から寝るのが遅いだのと小言が始まってしまった。宗くんは基本他人にあまり興味を抱かないのに、こうして懐に入れた人には過干渉になる節があるのでもはやいつものお小言だが、遠く離れている今はなんだか気にかけてくれているみたいで嬉しい。

「わかってる、なるべく早く寝るよ。でも今日はいいでしょ?」
「……まぁ、そうだね」

 こうしてかわいい所もあるので、ついついその憎まれ口も愛おしくなってしまうものだ。私は手持ちぶさたでベッドの上の枕をいじりながら、久しぶりに聞いた宗くんの元気そうな声に内心ホッとしていた。

 そもそも繊細な性格の彼が、単身外国にいるのは正直最初は不安だったけれど、もうだいぶ慣れた様子なのは本当に安心した。寂しさのあまり一時期マドモアゼルとのおしゃべりが止まらなかったようだけど、今は少し落ち着いてきたようである。

「そちらは変わりないかね?」
「うん。私が引っ越ししたくらい」
「……変わりあるじゃないか」
「前の所より広いよ。階数も上になったし。いつでも遊びに来てね」

 つい最近引っ越しをしたのは事実だけれど外国にいる宗くんからしたら微々たる変化だろうと思ったが、やはり過干渉、もとい優しい宗くんは少し厳しい声で言う。

「周囲の治安は良い所なんだろうね。引っ越ししたてなんだからいつものようにぼんやりしていてはいけないよ。家に帰る時は十分気をつけて」
「ありがとう。静かな場所だし繁華街からは離れてるから平気。今度帰ってきた時来ればわかるよ」

 ならいいけれど僕はすぐ駆けつけてやることが出来ないのだから……とまた優しい彼のお小言が始まってしまったので粛々とそれを聞いて、もとい聞き流してから、私は彼へ質問することで会話の流れを断ち切った。

「宗くんはどう?体調とか大丈夫?」

 仕事はきっと順調だろうから、無理をしていないか聞きたくなって聞いてみた。ストレスで具合を悪くしてないかずっと心配だったのだ。

「あぁありがとう。体調は問題ないよ」
「忙しいからってご飯食べないとかしちゃだめだよ。気分転換もちゃんとして……」

 うっかり宗くんのようなお小言を並べていると、宗くんがすとん、と素直な声で「問題ない」と言う。

「気分転換に君の服を作ったりしているからその辺はコントロールしているのだよ」
「あっそうなの?ありがとう……なんで私の服なの?」

 服を作る仕事もしているのに気分転換にまた服を作るなんてもはや服飾中毒だが、それは昔からなので特段気にすることもない。
 けれどその後に続いた言葉は、気にせざるを得ない内容だった。思わずいじっていた枕を取り落とすほどの衝撃だったのだ。少なくとも、私にとっては。

「会えなくて寂しいから着て欲しい服をついつい作ってしまってね。帰国した時にでもまとめて渡すよ」
「えっ……と、」

 情報処理能力がバグでも起こしたように言葉が出てこなかった。あの宗くんがはっきりと『寂しい』と言った。私に会えなくて寂しいと。寂しいから私に着せた衣服を量産していると。すごい事実に鈍器で殴られたように目の前に星が飛ぶが、当の本人はどうやら失言に気が付いていないようである。何事もなかったかのように私のファッションセンスに対する文句を並べ始めた。

「君、ネイビーや黒ばかりではなくもっと明るい色も着たまえ。顔立ちや肌の色味的に、正直暗い色は似合わないと言うのに」
「あ、はい……」
「だから君が絶対に選ばないけれど似合う色味で作っているのだよ。早くこれらを着た君を見たいけれど、もう少し先になりそうだね。こちらでの仕事が溜まっている」
「う、うん。無理しないでね」

 正直その後何を話したか覚えていないけれど、通話の最後に私もきちんと自分の言葉で伝えようと思って、思い切って言ってみた。

「あのね宗くん!私も会えなくて寂しいよ。寂しいけど、我慢出来る。無理しないで頑張ってね。作ってくれた服、絶対に着るよ」

 そう前のめりに言ってみると、突然機嫌が最高潮になったのか声のボリュームがいくつも上がって答えが返ってきた。思わずスマホの音量を落としたくらいである。

「……!カカカッ!寂しいかね!そうか!まぁ寂しがりな君だから仕方ないとは思うが我慢してくれたまえ!僕が帰国したら会えるのだからねッ!」
「う、うん……」

 これは完全に自分の失言に気が付いていないようなので、私は今は黙っておくことにした。

 いつかこっそり教えてやろうと決めて、私は通話を切る。一体彼が寂しさのあまり何着私の服を作ってしまっているかで、どれくらい私の事を向こうで考えてくれているのかがわかる気がしたのである。



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