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薫の執事パロ
2024/08/25 23:14

「薫、薫〜?」

 午後の三時。ちょうどおやつの時間だからと、家庭教師の先生が授業を切り上げてくださったので、私は執事を探してふらふらと屋敷内をさまよった。この時間ならお父様のお世話も終えているはずだし、ちょうど彼の手が空くのを私は知っている。

「サンルームにもいない。どこに……あ、」

 一人ぶつぶつと独り言を吐きながらふと図書室の前を通ると、お目当ての人物のきれいな金髪がちょうど目に入った。
 彼にだいぶ近い距離にいるメイドとセットで。

「……薫!」
「え?あ。お、お嬢さま!」

 私は一瞬でやきもちのボルテージを上げ、怒りの声音に乗せて彼の名前を呼ぶ。するとメイドの方が「きゃっ!」と悲鳴を上げて走り去って行った。ツカツカと彼に近づくと、去っていったメイドに置いて行かれ、目下私に怒りをぶつけられる寸前の薫は気まずそうに目線を逸らしていた。

「……」
「む、無言はやめて欲しいな〜、なんて……」
「困ってたの?楽しんでたの?」
「いやちゃんと見てた?お嬢さま。楽しんでる雰囲気じゃなかったでしょ」

 そう言われると黙らざるを得ない。確かに薫はぱっと見た感じ軽くはあるけれど、その実誰よりも誠実なのを私は知っている。

「わかってるもん。そもそも薫は屋敷の者が来てもおかしくない場所で変なことしないの知ってるわ」
「本当にね〜。ま、彼女も俺もやましいことをしてたわけじゃないけど、勘違いさせてしまったのならすみませんでした」
「お父さまには見つからないようにしなさいよね。……ともあれ、お茶にしたいんだけど一緒にいかが?」

 私は自分を棚上げして彼をお茶に誘った。私との時間は彼にとっては仕事の一環だ。職権濫用も甚だしいけれど、せっかくだから利用させてもらう。

「……うん。かしこまりました。じゃあテラスにご用意いたします」

 丁寧に礼をした薫にひらひら手を振って了承の意を伝えてから、私はまず自分の部屋へと戻る。机の上に置かれた大きな封筒をいくつか抱えてテラスに行くと、既にお茶の準備は完璧に整っていた。今日はオーダー通りお父さまがおみやげにくれたジャスミンのお茶と、焼きたてのスコーンが置かれていた。ガラスのティーセットがジャスミンのお茶の鮮やかな色味をきれいに引き立てている。
 最近、私は薫が忙しいのをわかっていて、それでもあえて彼にお茶の準備を頼んでいた。というのも私なりの事情があるからだ。

「じゃあ早速でごめんね。今回来ている縁談はこれなんだけど……」

 私は先ほど部屋から持ってきた封筒の中からお見合い写真を彼に渡した。薫は「ちょっと見せて」と言うと、写真をざっと見比べている。

「……うん。まずこいつはだめ。社交の場ではいい顔しているけれど、屋敷内でメイドに手を上げてるって聞いたことがある。こいつは……確か一時期少女趣味の噂が流れてたよ。少し調べようか?」
「い、いいわ。そんな噂が流れている時点で……ちょっと」
「そうだよね。俺もやめた方がいいと思う。総資産を考えてもこの家には合わないよ」
「そっか。そこも考えなくてはね。薫の意見は相変わらず参考になるわ」

 薫の意見を聞いてから改めて写真を見ると、段々とさわやかな笑顔もどす黒く見えてくる。冷めないようにと口に含んだお茶は、すっきりした香りがして私を冷静にさせてくれた。
 ティーカップを置いて改めて彼を見る。姿勢がいいのもあるのか執事服がよく似合っているが彼は貴族の家、羽風家の次男なのだ。社会勉強としてお父さまが彼のお父さまから薫をお預かりしている形であるらしいが、今は名実ともに我が家の執事だし、こうやって貴族の息子として他の家の人についてアドバイスをくれるのはとてもありがたかった。社交の場では、誰もが姿だけでなく中身まで着飾るものだから、同姓からのアドバイスは得難いものである。

「う〜ん、今回の中から会ってみるべき人は、この人くらいかしら。……12個年上だけど」

 結局薫から聞いた情報を元に写真たちとにらめっこした結果、条件に合いそうな人はたった一人しかいなかった。

「お嬢さまはそれでいいの?」

 少し不安そうに声を潜めた薫が眉を寄せた。彼なりに、執事として貴族の次男として私を気遣ってくれているのだ。
 本当は薫がいい。なんてこと言えるわけがない私は、笑ってごまかす。

「もちろんよ。お父さまに恩返しの意味合いもあるんだもの。結婚なんて」
「そっか……」
「薫も、あと数年で家に帰るのでしょう?私の方が先に家を出るだろうから、お父さまのことよろしくね」

 無理に笑ってそう言うと、薫はゆっくり頷いた。暖かい風に、柔らかい彼の声が乗る。

「うん、任せて」

 これ以上は余計なことを言ってしまいそうなので、お皿とカップを空にしてから私は席を立った。あぁ、お見合いなんて嫌だな。薫がいいな。なんて思いながら、私は一人ため息を吐いたのだ。


「……はぁ」

 食器を片づけながら、薫も深い深いため息を吐いた。確かにあと数年で、薫はこの社会勉強を終える。それまでにはなんとしてもこの家の旦那さまを説得しなければならないのだ。

「まずはお嬢さまがこっち向いてくれなきゃだめ、なんだけどね〜……」

 羽風なら、この家とも釣り合いがとれる。自分が次男である問題は、この家の者たちとの信頼関係にかかっているのだ。
 メイドにさりげなくお嬢さまの好みを聞いたり異性関係のことを聞いたりして情報収集しても、まだ不安だ。いつか彼女に跪いて婚姻を迫ったら、頷いてくれる日がくるのだろうか。
 絶対絶対ほしいものを見つけた自分はまだ粘れる。まだ耐えられる。だからどうか、他の男に彼女が目移りしませんようにと祈ることしか、自分には出来ない。
 
 と、彼は本気で思っている。互いに互いの想いを知らない二人の、とある悲喜劇の一幕。



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