TOP > 更新履歴 > 記事 日和の物で違いないお屋敷パロ 2024/08/25 23:16 おまえの役割はわかったね?と、身なりだけは紳士のようなおじさんに馬車の中で何度も尋ねられた。当時の私はまだ気の利いた返事なんてとても出来る年齢ではなくて、ただひとつ頷くとその人は満足そうに笑って「賢いな」と言った。 そうして馬車に揺られて連れてこられたのは大きなお屋敷で、わけもわからないままおじさんの後を付いて行けば沢山の綺麗な服を着た人達が食事をしたり踊ったりしていた。おじさんは私の手を引きながらそれを掻い潜って、一人の男の子の前に来る。ふわふわとした髪の毛と藤色の瞳がかわいいその子の前にずいっと私を差し出すと、さも子猫や子犬を与えるように言ったのだ。 「日和さま。お誕生日おめでとうございます。僭越ながら、私からの贈り物でございます」 ギョッとした。私も、男の子の隣にいた大人も、食事をしていた大人もみんなみんな、信じられないという顔をしておじさんを見ていた。けれどその中で一人、男の子だけは無垢な笑顔を私に向けて近づいて来て、手を握ってくれた。 「わぁ!この子、うちの子になってくれるの?」 私はびっくりして首を横に振る。けれどおじさんは、私の肩を押して「そうですとも」と勝手に告げた。後に聞いた話だと、そのおじさんは巴家の分家の親類で、醜聞で宗家を潰すためにわざわざこんな大ごとをやらかしたという。私は不運にも巻き込まれただけなのだ。母が死んで一人だったから適当に買われただけの存在だったのである。 日和さまの贈り物として買われてから10年経った。結局私は巴家にそのままお世話になる事になり、私を買った親類らしきおじさんはその後全く顔を見なくなった。買われた可哀想な少女を手厚く迎えた巴家は、おじさんの思惑とは真逆の印象付けに見事成功したようである。 私は下働きにでもさせられるのかと思いきや、行儀見習いとして巴家の一員のように扱われた。その時はなんていい人たちなのだと思ったけれど、年頃になった今ならわかる。息子しかいない巴家の当主様は単に私に行儀を躾けて、政略結婚の材料にするよう考えたのだろう。 けれどそれに気がついた所でどうということはない。もし巴家に来れなかったら、私は花街にでも売られていたかもしれないのだ。 「日和さま。お誕生日おめでとうございます」 これで彼の誕生日を私が祝うのは11回目になった。毎年夜には盛大な誕生パーティーが開かれるので、その前にちゃんとおめでとうを言うのは彼との約束事だったのだ。パーティーになると結婚適齢期に差し掛かった日和さまの周りを女性が取り囲むので、声をかける時間など無いからである。 「うんうんありがとう!とってもいい日和!」 部屋でパーティーの準備をしていたらしい日和さまは、お母さまからの贈り物だという新しいスーツをきちんと身につけていた。苦しいからか、まだネクタイをしていない。私はふと玄関ホールに置かれた豪華な生花を思い出したので、話題に乗せてみる。 「日和さまが生けたお花見ました。初めて見たお花があってきれいです」 「あぁ、あれは外国のお花なんだって。ぼくも今日初めて見たけどかわいい花だったから他の花とよく馴染んでくれたね」 「個性的な花器ですのに、とても合っておりました。お見事です」 「さすがぼくだよね!」 いつも通りの自信満々な彼の言葉は、必ず裏打ちされた何かがあるのを私は知っている。知っているからこそ、一つ「はい」と頷けるのだ。 すると日和さまがネクタイを私に渡して来たので、大人しく受け取って一歩彼に近づく。ネクタイを締めろという意味に受け取った私は、少し背伸びして彼のカッターシャツの襟を立ててから、ネクタイをそっと首に回した。ふわ、と軽い花のような香水の香りが上品で、思わずドキッとする。思えば私の初恋はきっと日和さまだったのだろうけれど、それはとうに諦めから風化の一途を辿って久しいのだ。 「あの、いつもの締め方でいいですか?」 「うん」 ネクタイを首に回し、長さを調節しながらいつもより丁寧に締めていく。今日はパーティーなのだから華やかな締め方をするのだろうかと思ったけれど通常のままでいいと言う。なぜと視線で問えば、あっさり答えをくれた。 「今日の主役はぼくじゃなくて、兄上だから」 「……」 今日の日和さまの誕生パーティーは、同時に兄上さまの婚約披露の場でもあった。主役は日和さまなのに、きっと周囲の話題は兄上さまの婚約の話でもちきりになる事だろうから、それが少し寂しい。いつだって日和さまは自ら兄上さまの影に隠れようとする。とっても眩しい方だから、自分の思惑とは大きく外れて目立ってしまうことはあるのだけれど。 最後にキュッと首元まで結び目を持っていくと、曲がっていないか確認した。私はこっそり持ってきていた小さな箱をスカートのポケットから取り出すと、そっと開いて中のピンをネクタイに付けた。日和さまが少し驚いたように目を見開いているのを、いつもより近くで見つめる。美しい藤色の瞳は、今日も澄んでいた。 「あの、お誕生日の贈り物です。よかったら……」 お小遣いを貯めて買ったネクタイ用のピンは、初めて自分一人で日和さまの為に選んだものだった。私が買い物に行くと言うと日和さまは自分も行くと言い出し、結局私の買い物は果たせないままになってしまうので彼が忙しそうな時を見計らい、こっそり抜け出して一人で買いに行ったのだ。 「ありがとう。きみが?」 小さく頷く。日和さまを置いて街に出た事を咎められるかと思ったけれど、彼をちらりと見るととても嬉しそうに笑ってくれたので、私はほっと肩の力を抜いたのだ。 「とても嬉しい。このまま今日は付けていくね」 喜んでもらえた事に私も嬉しくなってへらりと情けない笑みを浮かべると、日和さまが思い切り抱きしめてくれた。私が巴家に来た小さな頃からこうして嬉しい事や逆に悲しい事があると抱きしめてくれる。彼からしたら妹のような存在だと認識してくれている証拠なのだろうと私もついついそれに甘えてしまって、あの頃より随分と大きくなった日和さまにしがみつくように抱きつき返していた。 「きみからのおめでとうが一番うれしい。もっと言って」 「おめでとうございます。今年も健やかでありますように」 「そんな堅苦しい言葉はいらないね」 「えっと……、これからも日和さまが笑顔でいたら、私も嬉しい」 「うんうん!」 兄妹のような関係としては不自然な触れ合いなのかもしれないけれど、日和さまは自身の懐に入れた人にはとことん甘く優しい。だからだろうと思うことで、彼に初恋のような何かを抱いていた頃の自分はどうにかその気持ちを誤魔化していた。 いつか私はここでの行儀見習い期間を終えて、巴家が躾けた女として他所へと嫁ぐのだろう。結婚のお相手を日和さまに報告した時、おめでとうと笑いながらまた抱きしめてくれればいい。それだって過分な願いだというのは重々承知している。元々素性も知れない小さな子どもだった私からしたら、有り余るにも程がある幸福である。 日和さまの誕生パーティーは、予想通り前半だけ彼を祝うような装いで後半は完全に兄上さまの婚約発表の場となった。兄上さまと婚約者さまは元々主役だった日和さまより着飾って、二人で寄り添いながら周囲を取り囲んだ人々から祝福を受けている。巴家の長男の結婚、それはつまり巴家の次代を担う存在になる、という事なのだろう。だとしたら自身の保身の為に群がっている人も少なくないはずである。 一方日和さまは、予想通り兄上さまの婚約には毛程も興味のない年頃の令嬢たちに囲まれていた。私は遠くでそれを見ながら、こっそりとメイドさんたちの手伝いをする。行儀見習いはメイドではないけれど、巴家の人間でもない。なのでこの立ち位置が正解であると私も学んだのだ。 すると、日和さまが中心にいるはずの人だかりからワッと声が上がった。驚いてそちらを見ると、日和さまが何かしているのが見える。私はついそちらに目を向けると、彼は自分のネクタイに口付けをしているようである。 ネクタイ。私が締めた彼のネクタイだ。 「そのネクタイピンを贈ったのが、日和さまの想い人なのですか?!」 随分と説明口調な、甲高い声が聞こえて、私はギョッとして身を固くした。その令嬢はきっと日和さまの言ったことが信じられなくて、「ちがうよ」という言葉を聞きたくて彼の言った事を復唱したのだろう。しかし日和さまは歌うように、しかしハッキリと大きな声で言ったのだ。 「そうだね。このピンはぼくの一番大切な人が贈ってくれたもの。兄上のご結婚が落ち着いたら、迎えに行くと約束しているね」 力なくぺたんと地面に座り込んだ彼女には見覚えがあった。確か、日和さまの婚約者候補だと自称してよく巴家にいらっしゃる方だ。行儀見習いとして巴家にいる彼らと血の繋がらない私が大層気に入らないようで、よく日和さまがいない所で色々言われたり足を踏まれたりした。 私はそんな阿鼻叫喚な様子を遠くで見ながら彼女の蒼白な顔を影で笑うこともせず、一人指先を冷たくしていた。もちろん何も聞いていないし、日和さまのことだから令嬢たちを撒く為の嘘かもしれない。なにせそのネクタイピンを贈ったのは私であることは日和さまと私しか知らないのだ。ちょうどいい嘘の材料である事は、間違いない。 けれど、日和さまは一度私を見た。遠くにいる私をわざわざ見て、見ながら、今度はわざわざピンをネクタイから外して口付ける。目が合った。けれど先に日和さまはわざと視線を外す。その目元が細まる理由は私にはわからない。 『わぁ!この子、うちの子になってくれるの?!』 初めて会った時、小さな日和さまが言った言葉を急に思い出した。子どもらしい、何気ない喜びの言葉。なぜ今思い出したのだろう。そう思いながらも、私は心臓を逸らせる。 とうに捨てた感情を拾いあげるにはまだ早いと、心臓を今すぐ止めてやりたくなった。 [prev][next] [Back] |