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司と大正結婚パロ
2024/08/25 23:18

 もうすぐ許嫁である朱桜家の若さまが洋行から帰ってくるという。彼との縁談は10年以上前の、ほんの子どもであった時分から続く長い縁で決まっていて、私その頃から朱桜家に嫁に入る為の教育を受けてきた。

 家のことは勿論、武門の名門である朱桜の嫁がてんで武芸に通じていないのもどうかと言い出した祖父のよくわからない方針で、ある程度の武芸も身につけさせられた結果、およそその辺の女性では身につけていないであろう筋力を身につけてしまった私は女性のたおやかさをどこかにやってしまった気がする。言い訳をすると、弓道があまりにも楽しかったし性に合っていたのだ。

「なんか、白無垢よりも紋付の方が似合いそうだなぁお前」

 衣装合わせの時父が何気なく言ってきた言葉は、ぐっさりと私に突き刺さった。弓道のおかげで姿勢が良く、背筋を伸ばすともしかしたら若さまとあまり身長差がないかもしれない私は確かに。と思いつつも、つい楽しくて没頭してしまった弓道を初めて恨んだ。

 許嫁である司さんが欧州に洋行していたのは2年ほど。それまで手紙でやりとりはしていたけれど、ちゃんと会うのは婚礼の儀の時だけである。あちらの風習で、婚礼の儀までは花嫁と花婿は一月顔を合わせないらしい。どうしよう。司さんに子どもの頃よりも野蛮になりましたねとか言われたら悲しいし、何より司さんの好みの女性からほど遠くなっているかもしれない事が怖くなった。幼い頃は彼はよく、大和撫子のような女性が好きですと言っていたのだ。

 私は子どもの頃から延々と聞かされもはや洗脳にも近い状態で、将来は朱桜の若さまの元へ行くのだと言われ続けていたので、それ以外の未来が思い描けないと言うのに。


 そんな私の不安をよそに、式は粛々と始まった。当日までになるべく弓を握らないようにしたけれどそうそう簡単に筋肉は落ちてくれないし、伸びた背が縮むはずもない。諦めて白無垢を着た私の側に来た司さんは子どもの頃の面影を残したまま、それでも素敵な男性になっていた。確かに背はそこまで高くないけれど、柔らかくも張りのある声は素敵だったし、私を見て名前を即座に呼んでくれたのは嬉しかった。

 朱桜家の婚礼はとにかく格式ばっていたので、頭の中は儀式の段取りでいっぱいだった私に司さんは時折「気分は悪くなっていませんか?」と聞いてくれた。優しい人なのだ。洋行してあらゆる経験を積んで、また私の元に戻ってきてくれたのが嬉しくてつい涙ぐむと、そっと隣からハンカチが差し出された。

「司も嬉しいです」

 私の涙を歓喜や感動の涙であると捉えた司さんが、小さな声でそう言った。私は角隠しをぐっと持ち上げて彼の顔を見る。自信にあふれた表情は、なんとなく可愛らしかった。


 式を終えて、朱桜の屋敷に着いた私たちはようやく重たい着物を脱いで湯を浴びて、ようやくきちんと互いの顔を見ることができた。もう一度婚礼の儀をやれと言われたら正直お断りなくらいである。

「司さん、でいいですか?旦那さま?」
「いえ、同じ呼び方の方が司も嬉しいです」

 子どもの頃から呼んでた呼び方をすると、司さんは優しく微笑んで肯定した。けれど表情は明らかに疲れていて、明日も挨拶回りをする為には今日はもう休んだ方がいいような気がする。私もすっかり疲れており、世間で言う初夜なんて生憎だが迎えられそうにない。

「あの、お久しぶりです」
「え?」
「いえ、私がこちらに戻ってから、ゆっくりお話する時間もありませんでしたので……少しお話を、と」

 言われてみれば。と私は行燈のそばに座った。薄手の浴衣は涼しく風を通していく。洗った髪はとうに乾いて、肩口を軽くなびいた。

「そうですね。洋行から戻られたのも束の間だったのに、大変でしたね司さん」
「あちらではとても沢山のことを学べましたよ。欧州のmannerは非常にuniqueです」
「えっと、はい」

 途中なんて言ってるかわからなかったけれどとりあえず肯定すると、司さんがハッとしたように身をすくめた。

「すみません。まだ言葉があちらのものとあやふやになってしまって」
「とんでもありません。本当に急でしたものね」

 いずれ帰ってくるだろう、くらいの気概でいたのにいざ帰国となるとなんとも急いだ様子で帰ってきた司さんに、お疲れ様の意を込めてよしよしと頭を撫でた。つい子どもの頃のような慰め方をしてしまい慌てて手を離そうとしたけれど、ぼんやりと灯る行燈の中、嬉しそうに笑った司さんを見てつい手を離すことを躊躇った。

「帰国は、本当はあと半年先だったのです」

 突然司さんがポツリと呟いた。私の知らない事実が突然顔を出したので目を見開いて彼を見ると、司さんは彼の頭を撫でていた私の手をそっと掴み、そのまま手の甲に口づけを落とした。柔らかくて温かい感触に思わずピクリと反応すると、司さんはもう一度唇を付けた。静かな部屋で、湿った音が一つ、いやに大きく聞こえた。

「しかし先月、もらった手紙にあなたの写真が同封されていました。弓を引く所を撮った写真で……すごく美しかった」
「えぇ?!もしかしてあの写真ですか?!」

 それは先月、父の友人がカメラを手に入れたと言うので試し撮りを求められて応じたものだ。作業手順が多い中なんとか綺麗に撮れた内の一枚を、まさか司さんに送っていたなんて。

「私、焦ってしまったのです。早く私の妻にしないと誰とも知れぬ者に取られてしまう、と。すみません。こんなに急いだ婚礼で、慌てさせてしまいました」
「う、ううん司さん。私は嬉しかったし……その、そんな風に思ってくれていたなんて知らなかったから」

 突然の愛の言葉に火照る体を冷ますように手で自身を仰いでいると、風がそよそよと髪を揺らした。長い髪は、司さんとの婚礼のためだけに何年も伸ばしていたものだ。

「学べるものは全て学んだので、我儘を言いました。でもそうしてよかった。たった2年会わなかっただけで、あなたがこんなに綺麗になっていたなんて思わなかったんです」

 呟くようにそう言って、司さんはさらさらと指で私の髪を揉むように撫でてからそっと一束取った。そのまま恭しく口づけて、ちらとこちらを見る。子どもの頃とは違う、妙に色気のある瞳に私はついそれを逸らす。

「でも司さん。あんまり私、女性らしくないっていうか、その、弓道に打ち込みすぎちゃって大和撫子から遠ざかっちゃったのに……」

 ちゅ、と小さく音が聞こえて一気に体が熱くなる。司さんがまた髪に口づけをした。体の筋肉は落ちなかったけれど、司さんのためだけを思って伸ばしていた髪。それを受け入れてもらえたようで、私は不意に泣きたくなった。

「何を言っているのですか。こんなに女性らしく可愛らしいのに。あなたは幼い頃から、司にとって最高の大和撫子です」

 待っててくださってありがとうございました。そう呟いた司さんは、私の髪に手をやったまま寝落ちた。あまりに急な展開に、数拍遅れて私に笑いがこぼれ落ちる。

「お疲れさまです。旦那さま」

明日からまた忙しい。今日くらいはいいだろうと司さんを私の布団に引きずり込むと、私も彼の髪に二度三度と口づけを落とす。こんな初夜があってもいい。これから彼とは、幾千もの夜を重ねるのだ。



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