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斑とダイエット
2024/08/25 23:22

「び、貧乏な武士役……?」
「ああ」

 私は目の前で立ち上がっている彼の全身を上から下までなめ回すように見た。Tシャツを着た上からでもわかるくらいがっしりとした、俗っぽく言えば大層いい身体をした斑くんを見上げながら、私はぽかんとする。

「貧乏な武士は……こんなに栄養状態豊富そうな、いい身体していなくない?」
「絞る」
「なるほど」

 斑くんが映像作品の出演を決めた。それが時代物の映画であり、役柄が貧乏だが腕は随一の武士だということを知った私は純粋に応援はしているし、映画だって何度だって観に行くことはもう決定事項だが、役柄と体つきがあまりにもかけ離れていたので驚いた。

「筋肉落とすのって慎重にやらないとなんだけどそこまで時間ないんだよなあ」

私の隣にすとんと座ってなぜか思い切り、ぎゅう〜と音が鳴りそうなほど抱きしめられる。圧力がすごい。ぱつんぱつんの筋肉をこれから減らすのかと思うとちょっとだけもったいない。

「普通のトレーニングじゃだめなの?」
「それだと筋肉が増えるだけだ」
「そ、そうなんだ」

 私はいくら筋トレをした所で筋肉が付く気配がないので、性差はあれど筋肉がつきやすい斑くんはなんだかちょっと羨ましい。

「一旦体脂肪率を上げてから絞る必要があるんだ。撮影までには仕上げないとなあ」
「芸能人って大変だねぇ。協力出来ることはするから言ってね」

 とは言いつつも、私ではなんの役にも立たないだろう。しんどい時の癒しの一端にでもなれたら上等中の上等だ。

「俺がここでダイエットメニュー食べてたとしても君は気にせずちゃんとご飯食べるんだぞお」
「うんわかった……ていうか私もダイエット一緒にやろうかな」

 ここ最近気持ちが緩みすぎて大分増えた体重を見ないふりしてきたのだけれど、そろそろ私にも直視する時が来たのかもしれない。何気なくそう言えば三毛縞くんはまた私を抱きしめる腕に力を入れた。あまりの物理的な圧力に思わず私は「うぐっ」と呻く。

「だめだ。ダイエットなんかするな」
「何その浮気なんかするな、みたいなニュアンスの言い方……私太ったんだってば。斑くんだって正直気付いてるでしょ」
「そりゃあまぁ」

 どストレートに肯定されて心が折れそうになったが、私以外で私の体型をよく知っている彼が言うのだから紛れもない。恥ずかしいけれど己を甘やかした罰である。

「あんまりブクブクなのも嫌だもん。秋はご飯が美味しいし。それまでに痩せたい」
「でもこの感触がなくなるのは……」
「惜しくなんかこれっぽちもないからね」

 ムスッとしながら言うと、思ったより不機嫌さが声に乗ってしまった。斑くんが慌てたようにごめんごめんと謝りながら、「不健康なダイエットはしちゃだめだぞお」と言って私をあやして、その日はその話題を打ち切った。これから彼は件の肉体改造や撮影で忙しくなるだろうから、なるべく仲良しでいたいのである。


 2週間後、彼はふらりと我が家を訪ねてきた。なんだか以前よりガチムチ感が増した気がするのは恐らく筋肉を一旦脂肪に変え、それを燃やして身体を絞る算段だからだろう。とは言っても普通にスタイルはいいし、なんなら以前より謎の色気が増している。

「いらっしゃい斑くん。太った?」

 ただ私はこの前の仕返しとばかりにそう言えば、彼は珍しくヒクリと頬を引き攣らせた。身体を絞る過程で必要とはいえ、本人的には早く次の段階へ行きたいのだろう。私的にはそれはそれでいいと思うが、何せ元々筋肉質なタイプだから、色々と気に食わないのだと思う。

「体重は軽くなったぞお。体重はな」
「へ〜。筋肉ってやっぱ重いんだね」

 はいどうぞどうぞと家へ入れて、自身の夕食の準備をする。私の今日のメニューは至って普通の海苔弁である。かたや彼が自分で買ってきた食事はサラダチキンや野菜の所謂ダイエット食だった。

「え、夕飯これ?」
「今日から絞り始めるからなあ」

 君もダイエットするとか言ってなかったか?と聞かれ、私はギクリとする。最近ちょっと頑張って食事制限をしていたけれど、食べる事が大好きな私にとってはあまりにも過酷だった。少し体重が戻ったので気を抜いたら、たまたまその日に斑くんが家に来ると言うからこんな有様なのである。

「き、今日はたまたまなの!いつもは私だって夕飯サラダチキンとサラダばっかりだもん!サラダサラダ!サラダ!」
「あ〜わかったわかった。たまには美味しいもの食べたいもんなあ。わかるぞお」

 若干面倒くさそうに返事をされたけど、誤解をされるのはごめんである。しかし今日はどうしても白身魚のフライが乗った海苔弁が目の前でおいでおいでをしていたので、私は彼のメニューを見ないふりしつつプラスチックの弁当箱を開けた。

「目の毒だったらごめんね」
「気にしない」

 よく見ると彼のサラダは豆やら見たことない野菜やらが混ざった美味しそうなら物で、私はついついそっちを見てしまう。ドレッシングはノンオイルなのが見事な徹底ぶりだ。

「……サラダ、美味しそうだね」
「人の物を欲しがるんじゃありません」
「わ、わかってるもん。明日は私だって似たようなメニューだし!」
「確かに少し痩せたよなあ。君は目標値とかあるのか?」
「ない。でも入らないスカートに入りたい」
「入りたいって」

 思いの外ツボに入った斑くんが声を上げて笑い始めたので、なんだかいい気分になりながら私も一緒になって笑う。今度そのスカートが入るようになったら、彼の前で履いてみせようと私は改めて意気込んだ。


 余談だがこの後お風呂に入ろうと服を脱いだら何故か二の腕を思い切り噛まれたせいで、私の左の二の腕には彼の大きな歯形がついた。

「な、なんで噛んだの?!」
「いや、確かにこの辺減ったなあって思って……なんか寂しいなあ」
「寂しい?!なんで?!」

 後々、腰骨の付近も噛まれた。以前よりウエストも少し細くなったという事らしいが、真意がサッパリ分からないのである。



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