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一彩とコンビニのフラッペ
2024/08/25 23:25

 ふと視線を向けた時、横を並んで歩いていた彼のすっとした顎からぽたりと汗が落ちるのが見えた。更に視線を上げるとどんよりとした視線で少し遠くを見ていて、私は思わず彼に声を掛ける。

「ひ、一彩くん大丈夫?暑い?」

 つい先ほどまでは涼しいスタジオで撮影だったけれど、外を出るとこの炎天下だ。日差しは肌を刺してきそうなほど鋭いし、年々鋭利になっている気がする。ALKALOIDの中ではダントツに体力のある一彩くんだけれど故郷はアスファルトの照り返しとは無縁の場所らしいので、都会の夏はまだ肌に合わないようである。あまり苦の感情を顔に出さないイメージの彼の瞳が非常に珍しく淀んでいた。

「あついね……君は大丈夫かな?」
「暑いけど、大丈夫。少し休む?」

 ESビルまでは歩いた方が早いからと徒歩を選んでしまったけれど、時間が掛かってもタクシーを使うべきだったと反省した。一彩くんもソロの仕事が増えてきたのでスタッフとして彼の付き添いを任されたというのに、これでは付き添い失格である。

「いや、大丈夫だよ!身体を酷使するのは慣れているし、僕は体力があるからね!」

 カンカンに照る太陽と同じくらい眩しく一彩くんは笑う。しかし彼が都会の夏にまだ慣れていないのは事実だ。何か身体が冷えるものはないかと辺りを見回せば、ちょうどコンビニが近くに見えた。

「一彩くん、ちょっとコンビニ寄らない?冷たいもの買っていこう」

 彼の返事を聞く前に方向転換し、勝手にコンビニに入る。効き過ぎた冷房に外気との温度差を感じて体を軋ませながら、私は冷凍庫の前に行く。カップに入ったそれを二つ取ってレジに持って行くと背の高い一彩くんが後ろから不思議そうな顔でのぞき込んでいた。

「それはなんだい?」
「フラッペ!食べながら事務所戻ろうね」
「フラッペ……藍良が飲んでいたフラペチーノというやつとは違うのかな?」
「まぁ大体同じ……はいこれ」

 少し好奇心に満ちた顔の一彩くんにカフェコーナーで牛乳を注入したフラッペを渡すと、彼はハッとしたようにポケットから財布を取り出したので手を振ってお断りをした。

「でも、男がおごってもらうなんて情けないよ」
「そんな事無いよ……なんか雑誌でも読んだの?」

 彼の俗っぽい知識は大体雑誌やらネットやら藍良くんかお兄さんからの入れ知恵だったりする。今回は前者だろうか。純真なままでいてほしいのでその辺の知識は捨て去ってくれるとありがたい。

「アイドルに暑い思いさせちゃった私の罪滅ぼしだから。はい好きな方どうぞ」
 
 しぶしぶといった感じで彼は財布をしまうと、丁寧にお礼を言ってからカフェオレ味の方のカップを取る。既に手の体温で溶けつつあるフラッペを持ってコンビニを出て、再び真正面から押しつぶしてくる熱気に埋まるように歩を進めた。カップを持つ一彩くんが小さな声で「冷たい……」と呟いたのが聞こえる。声が少し躍っている辺り、先ほどよりも元気になったようでホッとした。

「いただきます」

 ストローを咥えた一彩くんがパッと目を輝かせる。アイスとはまた少し違う食感が新鮮なのだろうか、一口で大分吸い込んでいる。カフェオレ色の氷がぐんぐん減っていくのが、見ていていっそ気持ちいい。

「!これ、おいしいね。コーヒー味だ」
「おいしいよね〜。ここのコンビニのフラッペが一番おいしいんだよ」
「藍良が飲んでいたのはクリームが上に乗っててとても甘そうだったけれど、これは僕にはちょうどいい甘さだよ!氷が入っててシャリシャリで、喉を通るのが気持ちいいね!」

 最近グルメレポの仕事もするせいかどこか食レポ感のある感想を楽しそうに述べる一彩くんの言葉に頷きながら、私も自分の手の中のカップの中身を減らした。

「君のは何味?」
「抹茶ラテだよ。これもおいしいけどやっぱりカフェラテ味もおいしいよねぇ」
「僕のがカフェラテ味だね!じゃあ一口いるかな?」

 何の迷いもなく自分のカップをこちらに向けてくれる一彩くんは無邪気でかわいいけれどそれはアイドルとしてはダメダメである。

「いや〜せっかくだけどごめんね。一彩くんそれ異性にはやっちゃだめって言われてるでしょ」
「あっ、そうか」

 その辺も主に藍良くんが頑張って教育をしているけれど、まだまだ無邪気さが表に出てしまう一彩くんに私は気が付かれないようため息を吐く。その内ストーカーとか付きそうで本当に心配である。

「あっ、待って一彩くん、全部それ飲まないで」
「なんだい?」
「はい、ポーズ!」

 フラッペを片手にスマホを構えた私はちょうどビルとビルの隙間、濃い色の空とフラッペ片手の一彩くんを写真に撮った。夏を切り取った写真として最高のものを撮ってしまった。と余韻に浸りつつ、私はすぐにそれをホールハンズに流す。

「最高!完璧!爽やか!これで夏も乗り切れる!ってかんじ!」
「?ありがとう。もう飲んでもいいかな」
「いいよ〜。溶けちゃうね。ごめんね」

 自分のフラッペも大分溶けてただの抹茶ラテになりつつあるが、それよりも一彩くんの最高な写真が撮れたのが嬉しい。ズルズルそれを飲みながら足取りを軽くしていると、横を歩いていた一彩くんが突然立ち止まり、私の名前を呼んだ。思わず振り返るとそこにはスマホを構える彼の姿、固いシャッター音が一つ。

「えっ!?撮った!?」
「撮ったよ!」
「な、なんで!?」

 ただただ驚く私をよそに彼は無邪気に笑った。空っぽのフラッペのカップに印刷された白い文字に太陽の光が反射してチカ、と光る。眩しくて目を細めた私をよそに彼は心底嬉しそうな顔をするものだから、私はつい勘違いしそうな気持ちを焼き殺してから、努めて冷静に一彩くんに言った。

「あのね、それも異性にはやらない方がいいよ。場合によっては勘違いされちゃうから」 

 すると彼はなおも笑顔でこう言う。

「そうなのか?勘違いされてもいい人の場合はどうしたらいいかな?」

 それもだめ、とちゃんと返答できたけれど、あいにくその質問に対する答えは、まだ自分を誤魔化すようなものしか用意出来ていない。



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