TOP > 更新履歴 > 記事

茨は嫉妬が嬉しい
2024/08/25 23:29

『私のデスクの下に落ちていました』

 まるまるとした猫が喋っているようなデザインの、吹き出し部分にメモが書けるタイプの付箋が貼られたミントタブレットのケースに、私は眉間に皺を寄せた。

 今日明日彼である茨くんは私の家で過ごせるというので、トレーニングに使ったTシャツとタオルを洗って欲しいと頼まれ意気揚々とカバンを開けたはいいものの、底の部分に転がってたそれを目にして私はぎゅ、と目線を細くする。

 女性しか買わないであろうかわいいデザインで、書いてある字は小さくて丸っこい。その字だけを見たらきっとかわいくてふわふわした感じの女性なのかな。と勘繰ってしまうくらいある種完璧なバランスのその付箋が貼られたミントタブレットケースを見る限り、茨くんご愛用のそれが落ちてて拾ってくれたのだろうと推測出来る。彼が普段食べているものを知り、更に彼のものだと推測出来るくらいの距離の近い女性からのメッセージ。

 私は不意に沸いた嫉妬心をどうにか沈めながら、とりあえずTシャツとタオルを洗濯機に放りこんだ。茨くんが入浴中である脱衣所に遠慮なく入り込み洗濯機を回す準備をしていると、くぐもり反響するような声が私に向けて「ありがとうございます」と呟いた。柔軟剤と洗剤を入れて洗濯機を操作してから、彼の返事に答える。

「あと洗濯物ない?」
「着ていたものはもう出しました」
「そう」
「?何か?」

 私の声で何かしらの異変に気づいたのか、茨くんがこちらを窺うような言葉を軽く投げてきた。私はそれをぽん、と受け取ってから、つい口にする。

「茨くんの部下の人って、どんな人?」
「は?」
「あ、ごめん。なんでもない……」
「部下……沢山いるので一概にこう、とは言えませんが」

 確かにそうだ。何もあの猫付箋の人だけが茨くんの部下なわけではないだろう。迂闊な質問をしてしまったと思いつつ、未だにあの付箋を貼りっぱなしなのが不満だった。 

 不満というか、純粋に嫉妬である。

「さっきカバンの中開いたらミントタブレットのケースに付箋貼ってあるの見ちゃった。でもその猫の付箋、可愛くて。部下の人のかなって思ってね。その、どこで買ったのかなって……」
「……」

 苦しい言い訳だ。付箋なんて雑貨屋に行けばいくらでも手に入る。なのに口は言い訳を重ねて、私は墓穴をどんどん掘っていく。

「いや、あのね、ちがうの。茨くんがよく食べるミントタブレットを知ってるって事は、仲良しな人なのかなって。なら付箋どこで買ったか、聞いてもらえ……ううん、違うの。あ、勝手に見てごめん、」

 まごまごと私が狼狽える声に茨くんは暫し無言でいたけれど、突如大きい声で笑い始めた。お風呂場の反響音のせいでその声はいつにも増して音圧がすごい。

「あっはっはっ!あなた、もしや付箋書いた女性に嫉妬してるんですか?!」
「えっ!ち、ちがう!」
「違くないでしょう!自分の好みを熟知している女性が近くにいると勘違いしたんですね!かわいいところあるじゃないですか!あっはっはっは!」
「もう!声大きい!違うってば!本当に付箋が……その、」
「観念した方がいいのでは?!」

 一瞬にしてご機嫌が急上昇してしまった茨くんに、私は恥ずかしくなって顔を真っ赤にして反論する。けれど有頂天になった茨くんは扉越しだからこちらの顔が見えないのをいい事にますます調子に乗り、湯船をジャバジャバ言わせながら楽しそうに言葉を繋いだ。

「そうですか、嫉妬ねぇ。普段ぼけーっと何考えているかわからないあなたでも嫉妬するんですねぇ!いやぁ、驚きましたよ!僥倖です!」
「な、何よう。悪い?」
「いいえ?ぜんぜん?」

 また高笑いをする茨くんに悔しくなって、私は負け惜しみとばかりに彼の入る風呂場の扉を開き、ハッタリをかました。

「い、茨くんだって!私に嫉妬されて嬉しいのバレバレなんだから!よかったね!彼女がヤキモチ妬きなのわかってよかったね!!」

 口から出まかせでそう言った。真っ赤になってるであろう顔も恥ずかしげもなく見せつつそう言った。するとバシャン!と水音を立ててから、茨くんが黙り込む。
 見ると茨くんが湯船の中で足を滑らせて沈みそうになっていた。図星だったようだ。



[prev][next]
[Back]

Copyright (C) 2016 PB All Rights Reserved.