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斑の誕生日に帰りを待つ
2024/10/27 22:29

 外は微かに雨が降っているのだろう。湿気が空気を冷やしているのか、軽い布団を被るとちょうど良い温かさである。小さな幸せを布団ごとぐるりと抱え込みながら、私は密かに部屋の外に耳をそばだてていた。

 現在時刻は深夜の1時15分。1時までは起きて待ってみたけれど彼が帰ってくる気配がなかったので、私は諦めて先に布団に入ることにした。したけれど眠気と戦いながら寝落ちるまでは、なんとか彼の帰りを待ってみる。あと15分、20分としているうちに、やがて玄関の鍵が開く音と、この寝室の前を通るような気配がした。彼、斑くんがようやく仕事を終えて帰ってきたのだ。

 私は一度身体を起こして廊下に出た。もしリビングにいるのならば5月16日に言うべき言葉を伝えようとしたのだ。

「……あれ?」

 しかしリビングは私が消した電気そのままで、すぐ横のお風呂からシャワーの音が聞こえた。帰ってきてすぐシャワーを浴びているのだろう。それに気付いた私はまたベッドへと戻るべく、ぺたぺたと裸足の足音を響かせた。斑くんが帰ってきてすぐシャワーを浴びる時は、大体そのままベッドに寝に来るのである。

 ゴソゴソとベッドへ戻り、彼が入る隙間を空けておきつつ彼が来るのを待つ間、先程より目が覚めてきた私は突如いたずらを思いついた。驚く彼を想像して少し笑いつつ、微かに窓を撫でる雨の音を聞きながら待つ。しかし時刻は恐らく深夜の1時半を過ぎて、段々と眠くなってきているのも事実なのだ。そんな時に限って斑くんのシャワーの時間がいつもより長い。

「はやく……」

 もうこのまま寝てしまおう、と誘惑に落ちそうになった時、ようやくこの寝室の扉が開いた。斑くんが入ってきたのだ。私はほぼ寝落ちそうな頭をなんとか覚醒させて、彼がベッドの中に入ってくるのを待った。やがてゴソゴソと隣に入った彼に、私は寝返りを打つふりをしてそっと囁く。

「おかえり」
「あぁ。ただいま」
「えっ」

 驚かせるつもりが驚いて、私は目を丸くした。私が寝ていると思い込んでいるであろう彼がベッドに入ってきた隙を狙って驚かせようと思ったのに。

「私が起きてるの、気付いてた?」
「そうだなあ。俺がシャワー浴びてる時に風呂の前まで来てただろう?あと部屋に入ってきた時寝息が聞こえなかったし……」

 それに、と斑くんは楽しそうに続ける。

「君は睡眠のリズム上、この時間よく寝言を言うからなあ。それがないから起きてるんだと思ったんだ」
「うそ〜、やだ……」

 恥ずかしくなって、私は掛け布団に顔を隠した。自分が寝言を言うのは知っているけれど、大体のリズムを把握されているとか恥ずかしい上に少し怖い。

「大丈夫だぞお。大体何言ってるか分からないから」
「たまにわかるんだ……」

 やだ……。ともう一度呟いた所で、斑くんが身体をずらして近づいてきた。シャワーを浴びたばかりだからか肌が温かくて、シャンプーのいい匂いがする。

「もうバレたならいいや。あのね、誕生日おめでとう斑くん」
「歓天喜地!ありがとう。それを言う為に起きていてくれたんだなあ。ママは嬉しいです!」

 よぉしよし。と斑くんが頭を撫でてくれた。普段の私ならとっくに寝ているこの時間まで粘っていた事にちゃんと気がついていてくれたようである。

「お仕事先でもう言われちゃったかな?一番になれるかな〜と思ったんだけど」

 彼の大きい手に甘えるように擦り寄りながら眠たい声で言えば、斑くんは「君が一番最初だぞお」と言ってくれた。この様子を見るに多分もう事務所で祝われているのだろうがそう言ってくれるのならそれに乗ろうと思い、私は「やった〜」と笑う。

 ここでようやく少し空気が静かになった。外の雨の音がする。

「外、寒かった?」
「そうだなあ。雨が結構冷たかった。今日は遅くなったしなあ。少し疲れた」

 涼しいくらいの雨も、深夜になると優しさを無くす。私の問いに対して正直に答える彼の返答にほんの少しだけ彼なりの甘えを感じ取った私は彼が私の頭を撫でる手を止めてゴソゴソと移動し、斑くんの頭を抱えるように抱っこした。

「今だけ私の方がママね。よしよし斑くん遅くまでいいこいいこ。明日もお仕事でえらいねぇ。おやすみ」
「……」
「いいこいいこ……」

 斑くんから香るシャンプーの匂いと、温かい体温と、静かな雨の音と、いつもは眠っている時間に、私の睡魔は限界を迎えた。とりあえず誕生日おめでとうを言えたからもういいやと早々に諦め、そのまま眠りについた、のだろう。

 明日はきっと、毎年事務所恒例らしい誕生会をしてもらうのだろう。沢山のプレゼントと、沢山のおめでとうを記憶に残して帰ってくるのだろう。その中でほんの少しだけ、私の「おめでとう」が記憶に残ってくれるならそれでいいのだ。
 落ちる時はあっという間だ。いい匂いとあったかい安心感に包まれながら、私は目的を達成したのである。


 明日は事務所で誕生会をやってくれる。仕事も順調で、楽しい毎日である。

「……明日、仕事行きたくなくなっちゃうなあ……」

 彼女が自分の頭を抱えたまま眠ってしまった。柔らかい感触と、彼女の肌の香りと、滑らかな体温。それから優しい声で「いいこ」と甘えさせてくれる言葉。これに勝るプレゼントがあろうか。

 彼女がすっかり眠ってしまったのをいいことに、ぐりぐりと頭を彼女に押し付けて甘え、彼女をちゃんと布団に収まるように移動させ、強く抱きしめて眠る。目が慣れてきたので薄暗闇の中、彼女に一つ二つとキスをすると、日本語とも取れない寝言を彼女が呟いた。

「はは、また言ってるなあ」

 かわいいなあ。と彼女の頬を撫でて、斑はなんとか己の身体に灯った熱を散らそうと奮闘する、小雨の降りしきる深夜2時なのである。



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