TOP > 更新履歴 > 記事 日和と黒のワンピース 2024/10/27 22:36 わりと我慢の限界である。 「今日は日和さんとの会食でしょう?あなたお洋服気をつけなさいね!」 母のいつものお小言を私はハイハイと適当に流して部屋のクローゼットを開けた。白や黒、しかも無地というシンプルな服が大部分を占めている中、一部分だけ妙に浮いている花柄や明るい色味のワンピースの集団に手を入れゴソゴソと漁り、まだ彼の前では着ていないはずの柄物のワンピースを取り出して姿見の前で当ててみた。 「……似合わないな〜」 けれど仕方がない。と、私はそのワンピースを着て、それに見合うアクセサリーやヘアメイクをこなした。靴も普段履いているスニーカーを脇に退けて高めのヒールを靴箱から出し、迎えが来た車に乗り込む。今日は父の会社繋がりの紹介で知り合った巴日和さんとの会食という名のデートなのだ。正直行きたくないけれど、父の会社の命運をほんの少し背負った身としては行かざるを得ないのである。 私はため息を吐いて、車の窓から見える目にも留まらぬ速さで流れていく夜景や街灯を見た。窓ガラスに映る私自身の姿は妙に派手で、とてもじゃないが似合っているとは思えない。 私は元々シンプルな服が好きなのだ。こんな、お嬢様のテンプレートと言わんばかりのワンピースなんて、そもそも願い下げなのである。 というのも、母がどこかからこんな話を聞きつけてきたのが全ての元凶なのだ。 「巴家の次男日和さんは女性らしい服装がお好きらしいわよ!あんた、そんな地味なパンツなんて履かないでワンピースでも着なさい!」 そこからは着たくもない服がクローゼットの中を侵略していった。たまにきれいな色の服を着たくなる日もあるけれど、ここまでとは言ってない。 「お嬢様、着きました」 「ありがとうございます」 約束のホテルにたどり着いたので、運転手に礼を言って私は車を降りた。今日のデートはホテルでディナーだというのだから、TPO的には間違っていないことは分かっている。けれど後ろにあるファスナーは、いつどこにいたって苦しく感じた。 「あ、こっちこっち」 「日和さん。お久しぶりです」 「うんうん久しぶり。暫くほっといてごめんね!」 「いいえ。お忙しいのは理解しています」 ロビーでひらひらと手を振って近づいてきた彼は、やはりTPOに見合った、そして彼の柔らかい雰囲気にとても合ったツーピースを着ていて、体のシルエットにぴったりなそれは彼のしなやかなイメージによく似合っている。 一方私はというと、似合わない色のワンピースを着心地悪そうに着ている。それだけでなんとなく、彼との不釣り合い具合を感じてしまう。 「ぼくも全国ツアー終わって落ち着いたし、少しゆっくり出来そうだからね。……さて、お腹すいちゃったから、行こう」 日和さんがそっと私の肩を抱いてエレベーターへと進んだ。もう片方の手には何か紙袋を提げていて、きっと休みの日にお買い物を満喫したのだろう。アイドルという職業上、仕事の拘束時間は長いのだから彼が好きな買い物がその疲れを癒やしたのならよかったと、心から思う。 荷物をクロークに預け、二人きりの食事は始まった。個室なので微かに流れているいるクラシック以外は至って静かで、あとは食事の隙間に彼が話してくれる仕事の話に私はただ頷くだけだ。遠い将来もしかしたら彼と結婚することになるかもしれないけれど、未だに自分の好みの服装すら打ち明けられずにいるのが、どうしても引っかかっている。そんな小さなことを隠しているのだ。もっと大きな事を打ち明けたいってなった時、果たして私は彼に真っ直ぐに伝える事ができるのだろうか。 「ねぇ、ぼくの話ちゃんと聞いてる?」 日和さんの話を少し流し気味に相槌を打っているのがとうとう彼に気づかれてしまった。私は思わず「はい」と即答すれば、日和さんは珍しく私を睨んだ。思わずぎくりと身を固くする。 「嘘はよくないね」 「も、申し訳ありません……」 「そんな会社の上司に謝るような謝罪いらない!だったら今きみが何を考えていたのか教えてくれる方が建設的だね」 「えっと……」 さすがに正直に「あなたとの将来に不安を感じてました」と言うわけにはいかない。例え家同士が絡んだ結婚だとしても、出来るなら私は彼と仲良くしていきたいし、だからこそ自分の趣味とは真逆のファッションも我慢して着ているのだ。 そもそも財閥の次男はともかく、アイドルである彼といい縁がある事自体が私の身に余るものなのだ。私は嘘を隠す為ににこりと微笑んだ。 「今日の日和さんのお洋服がとっても素敵だったので、つい見惚れてただけです。お話聞いてないように見えたならすみません」 彼は基本褒められると心から喜ぶタイプだから、なんとかそれで気分をよくしてもらおうと思った。けれどそんな私の思惑とは裏腹に、日和くんもにこりと笑って、朗らかな声で言った。 「うんうんありがとう。きみはね…… ……そのワンピースすっごく似合わないね!」 「え、」 突然発せられた言葉に私は動揺のあまり身を固くした。冷静に考えれば言われても当然の着こなしをしているのだが、改めて人に言われると喫驚の一択である。しかしそんな私を置いてきぼりにしたまま、日和さんはボーイに何かを伝えると、先ほどの紙袋を持ってこさせた。 「はい、これプレゼント。ありがたく受け取るといいね!」 「え……」 「本当はね、ぼくずっと思ってた。きみがぼくとのデートの時着てくる服が似合ってなくてなんでだろうって。答えは簡単だったね!きみ、その服ぼくと会う時用にしてるだけでしょ?」 「あの、えっと……」 「好きなものとは違うものを無理やり着て似合うわけがないね!だからそれ開けてみて?」 私は少し震える手で彼がくれた紙袋を広げた。中には黒の、とてもシンプルなデザインのワンピースが入っていた。今私が着ているものとは違い、色も形も私の好みにまっすぐ刺さるそれは、今着ているデザインとは対極にある。あまりに好みなので、思わず声を上げた。 「わ、か、かわいい……!」 「ねぇ、今度はそれを着てぼくに会いに来て?」 日和さんがぱちんとウインクをしたので、思わず照れて私は俯く。彼にも自分にも似合ってないとか言われて少しだけ可哀想なワンピースが、所在なさげに目に映った。 「でもどうして私がシンプルな服が好きって知ってるんですか?」 思いがけず聞いてみる。彼の前ではこういった服しか着てこなかったはずだ。すると日和くんは少し照れるように目線を外して一度もじもじとしながら、その後また私をチラッと見た。 「え、な、なんですか……?」 「……あのね、たまにきみのお家の人に、きみの写真を送ってもらってたね」 「!!」 「すると写真の中のきみはいつも黒とかのシンプルな服を着こなしててすごくかわいいのに、ぼくと会うと似合わない服ばっかり着てるから」 驚いた。もちろん家の者に写真を撮られていた事にもかなり驚いたけれど、彼にすっかり見抜かれていた事に気がついた。と同時に、そこまで私に興味を持ってくれていた事にも大層驚いたのだ。 「……ありがとう、ございます」 思わずこぼれた。服のお礼に加えて、色んな事に対して礼を言いたくなったのだ。彼はそんな私の心情を知ってか知らずか、紙袋から少し出ているビニール包装されたワンピースを仕舞うよう促してくる。 「お食事の場所で広げるのはさすがにお行儀が悪いから仕舞おうね」 「あ、は、はい」 「……上にお部屋を取ってそこで着て見せてって言うのはまだ早いと思うから、それは今度着て実際に見せてくれればいいね!」 「え、あ、あ、」 意味はすぐわかった。恋愛にとんと慣れていない私は思わずその真っ黒なワンピースを取り落とす。絨毯に音を吸われて、それは静かに床に落ちた。きっと顔は真っ赤になっている事だろう。実質日和さんも少し顔が赤いけど、すぐに柔らかく笑った。 「あぁよかった。次はやっと、本当のきみとデートが出来るね」 楽しみ。と言ってくれる甘い声は、初めて聞いた。その一声だけで彼が無理矢理着飾った私ではなく、そのままの私を愛してくれている事がわかった。 「うん。私も楽しみ」 これで彼に伝わっただろうか。 きっと伝わったに違いない。 [prev][next] [Back] |