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真緒と事務員とコンビニの入店音
2024/10/27 22:45

 仕事が比較的スムーズだった午前中に機嫌を良くしながら昼食の買い出しの為に、私はわざわざESビルから出てコンビニに来た。自動ドアが開き、外気とは違う涼しい冷風が一気に被さってくるコンビニの入り口で、いつもの独特な入店音を聞きながらお店へと入るとまだ昼食どきではないからか、お客さんはほとんどいなかった。これならばまだ何も売り切れていないだろうと思い、いそいそと売り場へ行くとちょうどまた背後であの入店音が鳴り響く。少し驚いて後ろを振り返れば、よく見る顔がそこにいた。

「衣更くん、こんにちは」
「あ、おつかれさまです」

 弊事務所のアイドルである衣更くんは少し驚いたような顔をしたけれど、すぐにいつものサッパリとした笑顔を向けてくれる。本当ならあんまり外でアイドルに声をかけないほうがいいけれど、セゾンアヴェニューだとギリギリセーフだ。

「これからお昼?」

 私の問いに頷いた衣更くんは、入り口横にあるカゴを手に取った。もしかしたらユニットのメンバー全員分の昼食を買いに来たのかもしれない。
 適当に食べ物を見繕って抱えると、衣更くんがぽかんとした顔で私を見た。その手には大きなおにぎりが握られている。

「……え、それしか食わないんですか」
「ううん。お菓子も買ってく」

 仕事中につまめる甘いものは必須だ。それも一つ二つ持って私はレジに向かう。ついでにコーヒーも買って行こうと思ってると、衣更くんがポイポイと雑にカゴに食べ物を放り込んで、私の後ろに並んだ。

「俺も事務所戻るんで、一緒に行きましょうよ」
「うん、行こう。私コーヒー買ってくから、その間ちょっと待ってくれる?」
「もちろん」

 なんだか機嫌のよさそうな声だ。チラと彼のカゴの中を見ると、やはりどう見ても一人分ではない量である。

「トリスタのみんなで食べるの?」
「そうそう。じゃんけん負けちゃって」

 楽しそうな事をしてるなぁと、なんだか気持ちがほぐれる。いつも仲良しで、本当に楽しそうな4人は裏方としても支えたくなってしまう。

「いいね〜楽しそう。私なんてたまに所長にお菓子つまみ食いされる程度だよ」
 
 チョコを食べているとたまに所長がふらっとやってきて、一言二言なにかを告げるついでに一粒奪って去っていく。そのお礼か知らないけれどたまにデパートで売ってるお菓子をくれるので、私としても悪い事ばかりではない。

「……はは、その、仲良いですよね」
「そんな事ないよ。いつもチクチク言われるもん」

 レジの人が声をかけてくれたので、すぐ後ろに並ぶ衣更くんに「先にごめんね」と振り返って言えば、珍しく眉間に皺を寄せていた。けれど私に気づいて「どーぞどーぞ」と手を振る。けれどその笑顔は先程のサッパリしたような笑みではなく、どこか困った顔をしていた。

 何か機嫌を損ねるような事を言ってしまったのかと不安になりながら会計をして、入り口にあるコーヒーマシンのコーヒーも注文した。カップを受け取り、前の人がコーヒーを淹れ終わるのを待つ。コーヒーマシンの位置的に入店のセンサーが作動してしまうようで、店内に朗らかな入店音が鳴り響き続けるのが、なんだか滑稽だった。

 私はまた、レジにいる衣更くんの方を振り返る。端正な横顔は何を考えているかわからなかったけれど、なんだか悲しませてしまったような気がしてならない。私、何か余計な事を言ってしまっただろうか。もしそうなら、無理に一緒に帰らなくてもいいな。などと思いながら、空いたコーヒーマシンのスイッチを押す。ガガガ、とコーヒー豆が削れる音やコーヒーの香りに負けないくらい、また入店音が店内に鳴り響く。

 レジを終えた衣更くんが、こちらに向かってきた。このまま先に店から出るかもしれないと思っていたのに、彼は私の背後でぼんやりとコーヒーが淹れ終わるのを待っている。

「あ、ごめんね、待たせちゃって……」
「いやそんな、大した時間じゃないし」

 ガサガサと大きめのビニール袋を提げた衣更くんは、ひらひらと手を振った。声を少しだけ大きくしている辺り、やはりこの独特かつ朗らかなメロディがうるさいのだろう。なんだか気まずくなってくる。

「事務所まで持ちます」

 すると不意に、衣更くんが私の左手に下がっている小さいエコバックを取った。

「えっ、いいよいいよ!そんなに荷物あるのに」
「俺が持ちたいんです」
「え、」

 タイミング悪くコーヒーマシンがけたたましく鳴った。ついでにまた入店音が鳴り響く。混沌とした空気に気まずくて早くその場から逃げ出したくなりながらコーヒーにストローをさすと、私は一足先にコンビニを出た衣更くんを追う。最後の最後にまたあのメロディと店員さんの少し気怠い挨拶を聞いて、私たちは少し蒸し暑い外へと出た。私はコーヒー一つ、衣更くんは両手に荷物を持って、なんだかアンバランスである。緊張で喉が乾いて、無意味に買ったばかりのアイスコーヒーを一口飲んでから、私はおずおずと口を開いた。

「ごめんね持ってもらっちゃって……ありがとう」

 なんにせよ荷物を持ってもらっている事に変わりはないのでお礼を言えば、衣更くんは首を横に振ってから、少し自虐めいた風に笑った。

「いや、器が小さい自分が恥ずかしくて、自己修復しようとしてるだけなんですよ。そんなのに付き合わせちゃってすみません。ほんと、」
「う、ううん……?」
「俺も今度、なんかもらいに行っていいですか?」
「え、あ、もちろん。いつも持ってるし」

 早速今日買ったお菓子を礼にあげようかな。などと思っていると、彼は私が持ったアイスコーヒーをおもむろに取り、ストローから一口だけ飲んだ。

「とりあえず、今日はこれで。ご馳走さまです」
「う、うん……」
「その、またなんか手伝った時、もらいに行くんで」
「う、うん……」

 自分でやったくせに、ものすごく照れているのか顔を真っ赤にした衣更くんが、少し歩く速度を早めた。
 かわいいな。という感情が全身を駆け巡り、変な汗が出てきた。いわゆる脳内で鳴るファンファーレは、残念ながら先程うんざりするほど聞いた、コンビニの入店音である。



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