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紅郎吸血鬼パロ・1
2024/10/27 22:52

 崖の上にそびえる古くて大きなお屋敷にひっそりと住まい、影のように生きている私の主人、通称「旦那さま」は人間ではない。生きとし生けるものから血液を養分として吸い取りその命を繋ぐ、吸血鬼という存在なのです。

「旦那さま!おはようございます!」
「あぁ、」
「今宵も美しい月夜でございますよ」

 メイドの私の最後のお仕事は、月が昇ったら旦那さまを起こして部屋のカーテンを開ける事だった。とは言っても旦那さまは大抵私が訪室する前に目が覚めているから、私はそんな旦那さまに覚醒を促すことこそが仕事内容と言える。

「お食事は鹿の血でよろしいですか?」

 今朝方猟師から買ってきたので新鮮ですよと言うと、旦那さまがピクリと反応した。吸血鬼である彼の食事はやはり血液なのだけれど、人間の血液しか吸わないわけではなく、私の旦那さまは動物の血液でもいい。なので私は日が昇ったら森の近くに住む猟師の小屋まで行って血抜きした獲物ではなく、その血液を買いに行くのだ。

 旦那さまと違って人間である私に、旦那さまは自分と同じく夜に生きろとは言わない。人間が長生きするには昼動いて夜寝るもんだろ。と私の健康まで心配してくださるのだ。

 そんな旦那さまに私はもちろんメロメロなのだが、いかんせん旦那さまは私にあまり興味が無いようである。森に捨てられた私を子どもの頃から育てているのが旦那さまだから、もうそういう気が起きないのだろう。残念なことこの上ないが仕方ない。それでも私を側に置いてくださるならそれでいいと思っている。

「お待たせ致しました。今朝獲れたものだそうですので、新鮮かと」
「ありがとな。森とか猟師の小屋で危ねぇ目に遭わなかったか?」
「私ももう子どもではありませんので!紅郎さまが心配することなどございません」

お任せください!と笑うと、紅郎さまは苦笑しながら「真名を簡単に呼ぶんじゃねぇ」と私の頭を小突いた。吸血鬼にとって自分の真名は非常に大切なものらしいので、私も普段は旦那さまと呼んでいる。吸血鬼の真名を呼んでいいのは彼らの眷属や番だけらしいけれど、紅郎さまはを私に教えてくれた。それはきっと家族としてなんだろうけれど私は嬉しくて嬉しくて、いつ彼に血を吸われて死んでもいいとさえ思ってしまう。

「……つーか、俺が心配してんのとてめぇが想像してる心配はだいぶ違うんだよ」
「はい?」
「猟師小屋の5代目、いるだろ。あいつは大丈夫か」
「……あぁ!」

 紅郎さまは広くを見渡せる目をお持ちなので、猟師小屋に行った事が無くとも大体のことはご存じだ。猟師小屋の5代目は若く生命力に溢れた男性で、私が血液と自分用の肉を買いに行くと毎回過剰なほど心配してくるのである。吸血鬼の側なんて危険ではないのかと、手を握られた事もある。けれど決まって私は首を横に振り「あそこにいられなくなるくらいなら死にます」と笑顔で言うと、青褪めた顔をしながら私の手を離すのだ。

 でも私は本気だ。愛する人の傍にいられなくなるくらいなら、紅郎さまに血液を全部啜ってもらって死ぬ方がいい。

「なんとも。ただ友好的ではいるようにしています。旦那さまのごはん、買えなくなったら困りますので」
「……気をつけろよ」

 そう言って私の頭を大きな冷たい手で撫でてくれる。丁寧に付けたヘッドドレスは今日も曲がったけれど、そんなの気にならないくらい嬉しかった。

「私はもう少ししたら寝ますね旦那さま。屋敷のお掃除は済んでおりますが何かあれば起こしてください」
「悪いな」
「私、メイドですもの。メイドのお仕事ってこういうものなんでしょう?」

 屋敷の地下にある図書室で読んだ、主人に仕え身の回りの世話をするメイドというお仕事に、私は空想の憧れを抱いた。早速旦那さまにメイドになると告げ、街まで行って買った布地で本に載ってるエプロンドレスを作れば私だって立派なメイドだ。旦那さまは私をお嫁さんにしてはくれないから、こうして側にいる理由を強引に捩じ込んだ。

「では旦那さま。良い夜を」

 丁寧に礼をして、私は部屋を辞した。ここからは旦那さまの時間なので、私は早々に湯を浴びて寝た。また夜明け前に起きて、今度は旦那さまの寝るまでの時間にお世話をする為に起きるのだ。

 大切な人のお世話ができる時間を一生過ごしていたい。けれど私は人間で、旦那さまと一緒に居られる時間はとても少ない。いつか本気でお願いして、私の血を啜って眷属にしてもらおう。その為にはよく気の利く、使えるメイドだってことをアピールしなくては。と、私は自分のベッドで寝返りを打った。カーテンを開けたままの窓からは、大きな満月が私の部屋を覗き込んでいるようだった。


「……ッ、」

 意識を朦朧とさせながら、彼女の部屋の扉を引っ掻くのはこれで何度目だろうか。紅郎は床を這いずるように全身を引きずりながら、今まさに彼女の部屋に侵入しようとしている身体を気力でねじ伏せていた。森に捨てられていた小さな命を救って、もう10年ほど経とうとしている。彼女は少女から娘になり、紅郎に真っ白な想いを寄せてくれている。

 どうかそのままでいて欲しい。そう思う紅郎の真心と、もう白いままでいさせられないという黒ずんだ思いが、夜毎に交差した。

 彼女はよく「血を啜ってくだされば、一緒にいられるのでしょう?」と軽い口調で言う。冗談ではない。こんな長く暗い永久に等しい時間を、彼女に与えたくはない。自分の事を純粋に好いてくれている時間が、永久の輪の中にあるかはわからない。紅郎はそれが怖かった。

 一緒にいられる時間は短くとも、彼女の純真な好意に甘えていたい。けれど、吸血鬼としての本能がそれを許さない。先月、衝動のままに眠る彼女の血液を少量吸った。気絶するのではと思うほどに甘美な味を、舌がまだ覚えている。これ以上彼女の味を覚えたら眷属にして永久に搾取してしまう。それだけはどうか、したくない。

 ガリガリ、ガリガリガリガリ。

 爪で彼女の部屋の扉を引っ掻いて、名前を呼んで耐える。この音に彼女が気づいて、この扉を開けませんように。そんな情けない想いを、紅郎は今夜も殺している。



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