TOP > 更新履歴 > 記事 斑とソファでくつろぐ 2024/02/20 20:47 「もう再生ボタン押しちゃったぞお!」 「えっなんでよ!ちょっと待って待って!!」 私はキッチンから大慌てでコーヒーとお菓子を持ってテーブルに置くと、既にソファにどっかりと座っている斑くんの横にクッションを抱えて座った。斑くんが自身の主演映画のディスクを持ってきてくれたので、二人でそれを観ようということになったのだ。 「恋愛映画なんて珍しいね」 彼が映画に出ることはこれが初めてではないが、普段はアクションが絡むものやコメディに出ているイメージが多かったので、今回のように恋愛一辺倒な映画は初めてなのでは、と思う。横に本人がいるままキスシーンとか観るのはちょっと気まずいが、本人が平気なら平気なふりをするに限る。 「あぁ、これを撮った監督の作品が好きでなあ。今回ご縁があったからオーディションを受けたんだ」 「ふぅん」 そういうことか。と妙に納得しながら私は淹れたてのコーヒーをすすった。映画の舞台は下町の喫茶店で、斑くんはその喫茶店の息子。ヒロインは斑くんに一目惚れするちょっと古風趣味の高校生、という設定らしい。白シャツに濃い茶のエプロンをしてコーヒーを淹れる斑くんの真剣な横顔のカットがなんとなく長いのは、いわゆるサービスショットであり、ヒロインの恋したがゆえにずっと見つめていたい感情を表しているのだろうか。 「コーヒー、美味しそう……」 思わず呟いて、私は手元のインスタントコーヒーをすする。いつも通りの、少しお安い味だ。 「今度淹れてあげるぞお。覚えたから」 「わ〜い」 映画の流れを阻害しない程度に会話をしながら映画を観勧める事二時間弱。とうとうきた。クライマックスのクライマックスである。一生懸命自分の気持ちを打ち明けているヒロインの女優さんがとてつもなくかわいい。私は内心で頑張れ頑張れと祈りながら、横にいる彼の存在をほとんど忘れたように映画に没頭していた。誰もいない、閉店後の喫茶店。彼が笑って少し躊躇ってから、そっとヒロインの頬に触れる。 「あっ!」 二人がキスする!という所で私の視界が一気に変わった。急に頬をがっつり掴まれて、横を向かされた。何が起きたと思う間もなく、ピントが合わない状態で視界が斑くんでいっぱいになり、唇にはあったかい感触がする。 反射的に目を閉じたのがいけなかった。そのまま角度を変えながら何度かキスをされ、ようやく離れてくれた頃には画面の中でもキスシーンが終わっていた。 「見れなかったじゃんキスシーン!」 何してくれんの!?とすっかり物語に没入していた私はぷりぷり怒りながら早戻しをしてキスシーンを味わおうと思ったのに、そのシーンを再生しればするほど横にいる斑くんは私にキスを重ねてきた。 「も、もう!!なんでよ!?」 「なんでも!」 「えっなに?」 「まだそのシーン再生する気なら、俺にも考えがあるぞお!」 「怖い!!」 にこにこ機嫌が良さそうな斑くんの真意がまるで不明だが、結局彼の銀幕での初めてのキスシーンを、私は観ることが叶わなかった。 後日、ようやく斑くんの真意が判明した。何気ない会話の中で、思わず彼がこぼしたのだ。 「そうだよなあ!君は彼氏が他の女とキスシーン演じているのを嫉妬もせずむしろ積極的に観ようとする変態だもんなあ!」 「あっ……ごめん。違うの。やきもちは妬ききったっていうか……もう枯れ果てたっていうか……」 枯れるには早いぞお!と言った斑くんがベッドの上で乱暴にシャツを脱いだ。この光景は私しか知らないのだからそれでいいのに。という思いは、残念ながら一晩じゃ届かなかった。 [prev][next] [Back] |