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斑の屋敷でメイドパロ
2024/10/27 22:58

「私、とうとうしちゃいました」

 庭の掃き掃除をしていたら、後輩のメイドがソワソワした口調で言ってきたので、私は「またか」と思いながら「旦那さま?」と聞く。すると彼女は頬をじんわり熱くさせながら小さく頷いた。その頬と相反するように、私は感情を冷たくする。

「……気をつけた方がいいよ。旦那さま、アフターケアとか最悪って聞いたから」
「そんな事ないですよ。最初も最後もとっても優しかったです。……まぁ、体勢とか少し野蛮な感じでしたけどそれも素敵だなって」
「こら、誰かに聞かれたらどうするの?やめなさい」

 そう言って諌めると、彼女はすみませ〜ん。と緩く謝罪してから再び掃除に戻った。よく見ると彼女が今日着ているメイド服はサイズが少し大きい。自分のものではなく誰かに借りたのだろう。それで全てを察した私は、内心で鳥肌を立てていた。

 屋敷の主人である三毛縞斑さまには、困った性癖があった。それは自分の気に入ったメイドを無差異に自身の寝室に引きずり込むのだ。しかも何故かメイド服を着せたままことに及ぶらしく、次の日誰かにメイド服を借りるのはこの屋敷のメイドたちの一種のステイタスになりつつある。つまり、次の日着られないほどメイド服を汚されたということだろう。
 
 そんな変態である三毛縞さまの屋敷なのに、若いメイドに溢れているのはつまりそういうことだ。誰も彼も、あの方のお手付きになってあわよくば子を妊娠して奥方に収まりたいのだろう。そうなればメイドからこの膨大な屋敷の夫人へと一気にステップアップだ。けれど今の所、彼の子どもを妊娠したメイドは現れない。よほど「そういう対応」に慣れている証拠だ。

 私は掃いた落ち葉を纏めて袋に入れてからふと視線を感じて屋敷の方を見ると、旦那さまである斑さまがこちらを見ていた。私に遅れてそれに気づいた先ほどの後輩がパッと顔を上げて頭を下げた。斑さまはそれを見て、静かに窓からいなくなる。

「ね、ね!見ました?私のこと気にしてくださってるのかもしれません!」
「……よかったじゃない」
「先輩も斑さまの所行けばいいのに!」
「遠慮します。私、ここでの仕事失いたくないの」

 そもそも彼が色んなメイドと関係を持っているのにも嫌悪を抱いているのに、自分もその輪に加わるなんて冗談ではない。それに彼と関係を持ったメイドは時期に差はあれどこの屋敷を去っていくのだ。家にお金を送らなければいけない私は、ここでの仕事を失いたくない。メイドの給金とは思えない額の給料をもらっているのは、もしかしたらそれはこういう行為込みの料金なのかもしれないけれど私には関係ない。誘われたこともないのだから、黙ってその法外な給金をもらうだけだ。

「うそ〜。こんなに安い給料なのに、先輩ってば変わり者ですね!まぁ、それも帳消しなくらい旦那さまが素敵ですけど!」
「……え?」

 聞き返したけれど、後輩は私がまとめたゴミを持ってサッサと庭の裏手に行ってしまった。そういえば彼女は貴族の末っ子だとか。そんな彼女からしたらここの給料は雀の涙なのかもしれない。
そう思う事にして、私は仕事に戻った。頭上から視線には、その時は気づかずに。


 それから数週間が経った。件の後輩メイドは日に日に態度が大きくなっており、仕事ぶりも雑になっていく。あれから何度か旦那さまからお呼びがあったらしいので、もう自分はこの屋敷の夫人になると思っているのだろう。別の後輩メイドが嫌だなと呟く事に同意しながら淡々と仕事をこなしていると、一日に何度かは旦那さまと目が合った。後輩と組んで仕事をする事が多いのが億劫だ。そんなに彼女が気になるのなら、早く子どもでも作ってしまえばいいのに。

 そう思ってその日は眠りについたけれど、深夜急激に意識が浮上した。反射的に目を開け、その直後に激しい苦しみに身悶える。体の上に重いものが乗って、首を絞められている。声を出そうにも、思い切り締められた喉では声など出なかった。

「……!!」
「あんたさえ、あんたさえぇ……!!」

 上に乗って私の首を絞めているのが、例の後輩だという事に気づいた。混乱する頭と段々遠のく意識に、命の危機を感じる。最後の力を振り絞って枕をサイドボードに投げつけると、ガシャンと激しい音を立ててガラスの写真立てが割れた。その音で隣の部屋の同期が駆けつけてくれる。

「やめろ!やめろ!!あんたが!あんたのせいで!!」

 あれだけ懐っこい印象だった後輩はやがてやってきた執事と庭師に押さえられて、そのままどこかに引き摺られていった。それを見た瞬間、私の意識が落ちる。最後に聞こえた私の名前を呼ぶ、この場に似つかわしくない甘いトーンの声は間違いなく斑さまだった。


 次に目が覚めると、見慣れたカーテンだった。勿論私の部屋のカーテンではない。よく掃除に入る、繊細なレースと分厚いビロードのカーテンは、間違いなく斑さまの部屋のものだった。

「目が覚めたんだなあ。よかった」
「どうして……?」

 潰れたようにひりつく喉で、とりあえずの疑問を口にする。すると斑さまはそっと私の手を取って、悲しげに眉を寄せた。

「怖かっただろう?すまなかった。俺の落ち度だ」

 その通りなような、そうでないような。わからないけれど、今わかるのはあの後輩に首を絞められた事。それからなぜか私が斑さまの部屋にいることくらいだ。

「医者に来てもらったけど、もう心配はいらないようだ。この部屋でゆっくり静養して欲しい」
「いえ、わたし、へやに……」

 戻りますと言って体を起こそうとしたけれど、うまく動かない。それだけであれから時間が経っている事がわかった。

「君のメイドとしての部屋はもう無い」
「……?」
「悪かった。初めからこうしていればよかったのに。俺も臆病な男だなあ」

 照れ臭そうな声音。斑さまのこんな声、初めて聞いた。

「君が欲しいなら最初から君だけが欲しいと言えばよかったと後悔してるんだ」

 起き抜けに聞くには、理解し難い事を吐く斑さまに、私はぼんやりと目を向ける事しかできない。月明かりに浮かび上がるような窓の近くに立つ斑さまは、優しく笑っていた。

「メイド服を着せて、後ろから抱けばみんな君に見える気がしてた。でもそれは間違いだったなあ。君の寝姿を見てたら全然違う事に気づいた。もう他の女と寝るなんて考えられない」

 理解できなくて、ゆっくり目を閉じて寝てしまおうかと思った。けれどそれを阻むように、斑さまが強く私の手首をつかむ。その手は熱く、手汗で湿っていた。

「こら、プロポーズをしようとしてるのに、寝るな」
「……?」
「もう他の女はいらない。メイドは古株以外全員解雇した。だから俺の妻になってくれ」
「なに、言ってるんですか……」
「気づかなかったとは言わせないぞお。俺は今まで抱いたメイド全員に、お前は君の代わりだと伝えた。女は噂好きだろう?君の耳にも入ってるはずだ」
「しら、ない……」
「それは予想外だ。給金だって、君には彼女たち以上の物を払ってきた。勿論君がどこにも行かない為だったが、そんな事しなくても最初からこうしていればよかったのかもしれない」
「わからない、何を、いってるのか、わかりません」

 旦那さまだった男が、笑った。その頬は初恋を叶えた少年のように無垢な熱を秘めていて、犯した行為がまるでラブレターでもしたためたような甘酸っぱさとでも言いたいようであるが、彼の言葉の一つ一つは到底理解できる物ではなかった。

「ただあの女に手を出したのは間違いだったなあ。同室の君のメイド服を盗んで着てこいと言ったのにそれも出来ない、挙げ句の果てに嫉妬して君を殺そうとした。ここでようやく間違いに気づいた俺も馬鹿だよなあ」

 怖い。メイド服が度々すり替えられていたのには気づいていたけれど、まさかそんな理由だったなんて。

「初めからこうすれば、君を傷つけずに済んだ。……本当にすまない」

 俺のこれからの全てを賭けて償わせてくれ。
 そう言って、斑は私の左手薬指に、ピッタリなサイズの指輪を嵌めた。熱い指先が震えているのは緊張ゆえだろうか。初恋を叶えた少年が、大事な人と永遠を誓ったつもりでいるのだろう。

 怖い。怖いけれど、私に残された行動は笑うだけだった。命より大切なものはないのだ。己の身を守る為に笑った笑顔をこの男は大層気に入ったらしく、恭しく口づけをしてきた。

 こんな男でさえ、唇は驚くほど柔らかい。皮肉にも程がある。



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